思うままに


by abdulmajid0922
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明治天皇 の巻

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昭和59年9月に竣工しました、
北海道神宮 円山公園口鳥居です。
「明治天皇御増祀二十年奉祝
昭和五十九年九月
北海道神宮奉賛 むすび会」
石塔が建立されております。

雪が止んだ日には、待ってましたとばかりに、
爪先上りの参道を参拝者が引きも切らずに、訪れます。

1869年 明治2年 明治天皇(17歳です)は、
北海道開拓には鎮護の神を祭祀するよう勅命されました。
島義勇は神体を背負い札幌に着任しました。

1873年 明治6年 断髪をされました。
数百年来の長年の貴族の眉を剃り墨で書く化粧を廃止しました。

明治14年 明治天皇 北海道行幸の際、
明治4年(1871年)に開設されました、
日本初の都市公園「偕楽園」の施設内に
明治13年(1880年)に建てらました
貴賓接待所
「清華亭」で御休憩を取られました。
御宿泊は「豊平館」でした。
明治14年(1881年) 8月30日~9月2日の4日間の御滞在です。
天皇陛下御来道の前年に
北海道開拓使により完成されました、洋風ホテルです。
(豊平館は国指定重要文化財
清華亭は札幌市指定有形文化財)

昭和39年 明治天皇を御増祀し、
北海道神宮と改称されました。

平成26年は明治天皇を御増祀されて
50年を迎えます。
10月5日 明治天皇御増祀五十年式年大祭の斎行を予定されています。

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北海道神宮
手水舎に掲げられております、
明治天皇御製の和歌。

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明治天皇のご子孫が北海道神宮に
残された足跡でございます。

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北海道神宮本殿。伊勢神宮に代表されます神明造り(しんめいづくり)です。

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北海道神宮
手水舎に掲げられております
一対の
明治天皇御製の和歌です。

西南の役での
激戦地 田原坂を列車が通過する時、
明治35年に明治天皇は
乃木大将に与えました御製があります。
もののふの せめ戦いし 田原坂
松も老木(おいき)になりにけるかな
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北海道神宮境内の「土俵」です。
右側に今は見られなくなりました、
木製の国旗掲揚塔が写っています。

明治天皇は相撲がお好きでした。
西郷隆盛に投げ飛ばされたという逸話が残されています。
酒に酔い、山岡鉄舟に相撲を挑んだ事もありました。
*明治元年に大阪 坐摩神社で天覧相撲が行われました。計9回です。
昭和天皇の天覧相撲は40回です。


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神宮境内の森です。
ヒノキアスナロ(檜翌檜・ひのきあすなろ・ヒノキ科)
日本でのみ自生します。

*明治天皇(1852年 嘉永5年~1912年 明治45年 墓所:京都 伏見桃山陵・ふしみのももやまのみささぎ)
京都御所に於いては女性たちの中で育てられ、16歳で東京に入城されます。
東京では宮中から女官を遠ざけ、文武両道を教育され、男性性を仕込まれます。
特に宮中の大改革を行われた、
西郷隆盛(後に西南の役 明治10年自決)に傾倒し、感化され、親愛の情を深めました。
西郷隆盛の自決の翌日には、
天皇の要求で昭憲皇太后が詠まれました歌があります。(御歌)
薩摩潟 しずみし波の あさからぬ
はじめの違ひ 末のあはれさ


侍従の山岡鉄舟は
元武士 木村安兵衛が
明治7年に 銀座で創めた評判の
和魂洋才である「あんぱん」を
明治8年天皇に献上します。
召し上がられて、天皇は申されました
「引き続き、納めるように」 。
徳川慶喜は「あんぱんの安兵衛とやらによろしく伝えて」。
~徳川家康の異父弟の子孫、松平定知アナウンサーが進行役でした
平成16年 NHK-TV「その時、歴史が動いた」より。
現:銀座木村屋
東京都中央区銀座4丁目。

北海道帯広市の銘菓店「六花亭」は
北海道神宮境内にて、
北海道開拓使判官、島義勇(後に佐賀の乱 不平士族による反乱 明治7年2月)を称え参拝者に焼き菓子の
「判官さま」を無料提供でご奉仕されています。
マリー・アントワネットしかり
「甘いもの」はいつの世も人びとを幸せにします。

山岡鉄舟は、静岡で茶の栽培を始めて、武士へ職を与えました。


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明治神宮 参拝記念の「大御心 ・おおみこころ」
明治天皇御製

しのびても あるべき時に
ともすれば あやまつものは
心なりけり
(辛抱し切れなくて、軽はずみをして、失敗をするものです。修養が足らないからです)

*明治神宮といえども、「十六八重菊」が「十二八重菊」。「五七桐花紋」ではなく「五三桐花紋」
をこのような記念品、印刷物に使用されて皇室にはご遠慮されておられます処に、明治神宮と明治天皇像が見えて来ます。
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by abdulmajid0922 | 2014-03-09 12:35 | Comments(0)