アオギリ の巻
2016年 01月 24日
アオギリ(青桐、梧桐)
アオイ科・アオギリ属
学名:Firmiana platanifolia
英名:Chinese parasol tree
別名:ソウゴ(蒼梧)、ヘキゴ(碧梧)
原産地:日本〜中国
花言葉:逞しい、秘めた恋....
名の通りの青い樹皮です。
全ての葉が枯れ落ちました。
東京都杉並区高円寺南にて。
2015年12月25日
*速水御舟《翠苔緑芝》1928年昭和3年
(山種羙術館蔵)
四曲一双屏風絵の右隻には、枇杷の木と並んで青桐が描かれています。
夏目漱石「野分」
梧桐が登場する場面があります。
《八》
........
垢染みた布団を冷やかに敷いて、五分刈りが七分ほどに延びた頭を薄ぎたない枕の上に横えていた高柳君はふと眼を挙げて庭前の梧桐を見た。
高柳君は述作をして眼がつかれると必ずこの梧桐を見る。
地理学教授法を訳して、くさくさすると必ずこの梧桐を見る。
手紙を書いてさえ行き詰まるときっとこの梧桐を見る。
見るはずである。
三坪ほどの荒庭に見るべきものは一本の梧桐を除いてはほかに何にもない。
ことにこの間から、気分がわるくて、仕事をする元気がないので、あやしげな机に頬杖を突いては朝な夕なに梧桐を眺めくらして、うつらうつらとしていた。
一葉落ちてと云う句は古い。悲しき秋は必ず梧桐から手を下す。
ばっさりと垣にかかる袷の頃は、さまでに心を動かす縁ともならぬと油断する翌朝またばさりと落ちる。
うそ寒いからと早く繰る雨戸の外にまたばさりと音がする。
葉はようやく黄ばんで来る。
青いものがしだいに衰える裏から、浮き上がるのは薄く流した脂の色である。
脂は夜ごとを寒く明けて、濃く変って行く。婆娑たる命は旦夕に逼る。
風が吹く。どこから来るか知らぬ風がすうと吹く。
黄ばんだ梢は動ぐとも見えぬ先に一葉二葉がはらはら落ちる。
あとはようやく助かる。
脂は夜ごとの秋の霜にだんだん濃くなる。
脂のなかに黒い筋が立つ。箒で敲けば煎餅を折るような音がする。
黒い筋は左右へ焼けひろがる。
もう危うい。
風がくる。垣の隙から、椽の下から吹いてくる。
危ういものは落ちる。
しきりに落ちる。
危ういと思う心さえなくなるほど梢を離れる。
明らさまなる月がさすと枝の数が読まれるくらいあらわに骨が出る。
わずかに残る葉を虫が食う。
渋色の濃いなかにぽつりと穴があく。
隣りにもあく、その隣りにもぽつりぽつりとあく。
一面が穴だらけになる。心細いと枯れた葉が云う。
心細かろうと見ている人が云う。
ところへ風が吹いて来る。
葉はみんな飛んでしまう。
高柳君がふと眼を挙げた時、梧桐はすべてこれらの径路を通り越して、から坊主になっていた。
窓に近く斜めに張った枝の先にただ一枚の虫食葉がかぶりついている。
「一人坊っちだ」と高柳君は口のなかで云った。
高柳君は先月あたりから、妙な咳をする。......
高柳周作君と中野輝一君との会話である。
《十二》
「困った男だなあ」としばらく匙を投げて、すいと起って障子をあける。
例の梧桐が坊主の枝を真直に空に向って曝している。
「淋しい庭だなあ。桐が裸で立っている」
「この間まで葉が着いてたんだが、早いものだ。
裸の桐に月がさすのを見た事があるかい。凄い景色だ」
「そうだろう。──.......
(青空文庫)
夏目漱石「彼岸過迄」
ー雨の降る日ー
《三》
......
千代子はそこへ坐って、しばらく叔父と話していた。
そのうちに曇った空から淋しい雨が落ち出したと思うと、それが見る見る音を立てて、空坊主になった梧桐をしたたか濡らし始めた。
松本も千代子も申し合せたように、硝子越の雨の色を眺めて、手焙に手を翳した。
「芭蕉があるもんだから余計音がするのね」
「芭蕉はよく持つものだよ。
この間から今日は枯れるか、今日は枯れるかと思って、毎日こうして見ているがなかなか枯れない。
山茶花が散って、青桐が裸になっても、まだ青いんだからなあ」.......
1912年 明治45年1月1日〜4月29日 「朝日新聞」
(青空文庫)
夏目漱石「それから」
《十一の四》
.....椽側から外を窺うと、奇麗な空が、高い色を失ひかけて、隣の梧桐の一際濃く見える上に、薄い月が出てゐた。 そこへ門野が大きな洋燈を持つて這入つて来た。
1909年明治42年 6月27日〜10月4日 東京朝日新聞・ 大阪朝日新聞に連載
(青空文庫)