思うままに


by abdulmajid0922

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11/29 二回のステージを一回に詰め込んだ様な聴衆には、大変ありがたいプログラムでした。個性を十分発揮し、曲が曲だけに、力強い演奏法は見る者を魅了し、釘づけにします。夢のひとときを過ごさせて頂きました。音楽を聴くとはCDでは有りません。生演奏を聴く事です。チェリビダッケはカラヤンとは違い、生存中はレコーディングはしませんでした。及川さんはプロですから計算づくめ、止まらない拍手にアンコール曲としてショパン ノクターン#1を聴かせ、張り詰めた神経を癒して下さいました。サイン会では「又、来年来ますから。」と仰っていました。
ありがとうございました。
画像:広告
リサイタルのあと
ファンへのサイン会
札幌中島公園コンサート・ホール キタラにて。
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by abdulmajid0922 | 2013-11-30 06:42 | Comments(0)

日本人の心 の巻

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ゴミの無い気持ちの好い街にしたいという思い。店先を綺麗に、町内を綺麗に、観光客の方々には良い印象を持ち札幌を楽しんで頂きたいと思う昔からの日本人の心の現れです。憲仁親王妃久子さまのスピーチに御座いました「おもてなし」は日々の暮らしの中に自然に育まれて来たものです。誰にも身に付いている日本人の心です。車道の落ち葉を清掃されていらっしゃる方が居られます、皆様の行動には本当に頭が下がります。ありがとうございます。
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by abdulmajid0922 | 2013-11-29 03:52 | Comments(0)

白樺派の巻2

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個人主義的な理想を主張し、個性の尊重を基調とし、新しい文学、芸術と思想を生み出した「白樺」は14年間、160冊を発行しました。
・柳 宗悦(むねよし)1889~1961。叔父が明治44年に建てた千葉県我孫子の別荘に住み、陶芸家バーナード・リーチは窯も作りました。後の日本民藝館設立にあたり宗悦に協力します。大正4年に志賀直哉夫妻、5年に武者小路実篤夫妻が移住します。我孫子は「白樺」の拠点になります。
・有島生馬1882~1974。学習院は初等科6年から通い志賀と親友になる。イタリア留学後、同人になりセザンヌを紹介し、柳 宗悦「僕は確信を持ってセザンヌを支持する」と書きました。竹久夢二との交流は深く、1934年雑司が谷の夢二の墓地に碑を建て「竹久夢二を埋む」と揮毫しました。
・岸田劉生1891~1929。1912年に「白樺」に参加。セザンヌ、ゴッホ(武者小路実篤が「白樺」で紹介)に絶大な影響を受ける。模倣に近い物であり、「露骨にそのような描き方をした」と述べています。デューラー、レンブラント、ルーベンス、ゴヤの影響を受けながら自分の様式を模索して1918年(大正7年)「麗子五歳之像」を完成。
・武者小路実篤1885年~1976。思想面での代表者。精神的に中心となります。個人主義の肯定。「自我中心主義」明治43年にロダンの喜寿を祝い、第2巻第8号で「ロダン特集」を組み、本と手紙(書いたのは柳 宗悦) を送り、お礼とお返しに編集部へ3点の彫刻が届きました。「ムンク特集」を組みました。
白樺派の活動が如何に重要な功績を現代に残されたかがお分かり頂けたでしょう。
画像:すべて北海道大学構内です。
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by abdulmajid0922 | 2013-11-28 04:41 | Comments(0)

初冬の実の巻

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1・紅葉が見事な美しさを誇る葉は総て散りました。錦木(ニシキギ科)の実です。別名「剃刀の木」パリパリ折れる枝の翼(よく)がカミソリに見える事から。花言葉は「危険な遊び」。
道立近代美術館前庭にて。
2・白樺(カバノキ科)の黄葉とナナカマド(バラ科)。白樺は間も無く葉が散ります。小さなゴーヤーの様な形の茶色い実がなります。花は花粉症の原因になり、樹液は人工甘味料キシリトールの原料です。花言葉「忍耐強さ」ナナカマド(七竈)の花言葉「怠りない心 慎重」。
北海道大学構内にて。
3・ツタ(蔦 ブドウ科) 外壁を覆う蔦のある家は素敵です。八代将軍 吉宗は葉を家紋に用いました。花言葉「破綻ない結婚」斜向かいの御宅にて。
4・ツルウメモドキ(蔓梅擬 ニシキギ科)
10月末に実は青かったのですが、4週間経ちますと、完璧。生け花にはもってこいの枝振りを見せます。花言葉「大器晩成」札幌市中央区大通公園1丁目
ミュンヘン・クリスマス市(11/29~12/24)の為のハウスの裏にて。
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by abdulmajid0922 | 2013-11-28 03:29 | Comments(0)
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2013年 11月15日にイタリア文化会館が授与する授賞式が有りました。1938年12月15日に札幌市で妻と娘1歳半のダーチャ・マライーニを連れて生活が始まります。日伊交換留学生として北海道大学医学部解剖学教室の児玉作左衛門教授の下でアイヌ民族の人種的起源の研究を行いました。札幌で妹・ユキが生まれました。2年半程の滞在でしたが、北大山岳部との交流は深く「イグルー」を手稲山で実験し問題無い事を確認してその後、しっかり引き継がれ功績を残しています。
1968年 並木見江子と再婚
1970年 大阪万博イタリア館副館長
1972年 札幌オリンピックでイタリアチーム選手役員として来札
1973年 日伊研究学会を設立 会長就任
2002年 道立文学館にて「フォスコ・マライーニ写真展~東洋への道~」日本山岳会北海道支部後援で開催
2004年 91歳の人生をフィレンツェで閉じる。 最後の言葉「神の啓示は特定の宗教のみに現れるのではなく、地球上のあらゆる事象から得られるものである」
長女ダーチャ・マライーニは現代のイタリア作家の第一人者で有る。
画像:毎日新聞
2002年のスクラップ
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by abdulmajid0922 | 2013-11-27 02:31 | Comments(0)
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受付嬢と会場に居らっしゃいました翁の許可を得ましてYoutubeとblogをUPします。
1・バラのアーチ : 安河内 太郎氏
女の策略は成功。 やがて、イバラになり男は一生後悔するのです。物語が有り、鑑賞者により、この作品で様々な短編小説が書けます。楽しい作品です。
2・静物 パンとパブリカ: 笠原昇一氏
一つ橙色のパプリカが主役を演じ 自らに周りを結集させて居ます。欲や虚栄の強い方ですと籐籠には布を入れ
卓布を敷きます。作者は省いて居ります。イイね。題に有ります「パブリカ」はトヨタ車です、正確にはパプリカです。周囲の方は何故、言って差し上げないのか不思議です。言えない世界と言う事ですな。
3・干し鰊とカレイ: 平林良登氏
一匹、孤独なお父さんはチームに入れない。今は無い木箱、郷愁に浸り観念上の作品か。プロレタリアート臭プンプンですが、木箱の時代にレモンはプチブル。「俺んちは、決して貧乏じゃ無かったぜ」と観察者に伝わります。付かず離れずの一本のアスパラガスは作者の投影と見た。作品を肴にして友と一晩語り合える、深くていい味のある絵です。共有します。
4・please drink!: 桧山景子氏
総てを受け取るトレイ、グラス、ジャーの蓋の部分、みんな歪んでます。ノルアドレナリンが分泌されイライラして来ます。感嘆する程の現実味の有る光の反射にバロック真珠の様にまともなものがひとつも有りません。
不安定を描くのが目的だったとしたら
成功しています。とても印象に残った絵です。
楽しませて頂きまして、大変ありがたいと思っております。第45回、拝見させて頂きます。ありがとうございました。
2013.11.24
札幌市中央区南1条西3丁目
大丸藤井セントラル 7F スカイホールにて
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by abdulmajid0922 | 2013-11-26 02:56 | Comments(0)
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第10回 市民写真展 より
1・黒川紀章設計の「らせん階段」これ自体が完成された芸術です。ギャラリーへは伺って居りましたが、気づきませんでした。作者は好い処に目を御付けになりました。「Topics」で紹介されています写真とは違う作品です。
2・3・中島公園で当たり前の被写体、こうして時間を切り撮り眺めますと「美」とはあちこちに存在している事が解ります。
4・JR札幌駅北口 作者は好くぞこのアングルを公開なさいました。来年真似させて頂きYouTubeにUPします。
5・拝見して、黒澤明作品「八月のラプソディー」が蘇りました。降る雨さえ暖かい温もりの在るひとの繋がりが見えます。
札幌市中央区北1条西13丁目
札幌市教育文化会館 4階ギャラリーにて
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by abdulmajid0922 | 2013-11-24 07:06 | Comments(0)

横尾忠則さんの巻

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1936年兵庫県生まれ。ユニクロが販売したTシャツ 1965年「眼鏡と帽子のある風景」は三島由紀夫邸に架けられていた作品です。柳井さんも横尾さんのファンと思いきや、他の人物も有り只の商売だった。三島さんの「椿説弓張月」、唐十郎さんの「ジョン・シルバー」のポスターを覚えています。1985年作品ポール・シュレーダーの映画「「MISHIMA :A Life in Four Chapters」鏡子の家に出演されました。横尾忠則現代美術館が2012年に開設、素晴らしい事です。この度の作品は2004年「三島由紀夫の最後の小説「豊饒の海」の三巻「暁の寺」を訪ねてバンコックに行った。この頃東京は雪だった。黄金の光のバンコックにいながら、もう一人のぼくは東京にいた。そんなバイロケーション感覚を描いた」
2004年「湯の町タンゴ」真っ赤っかの絵を描いていた頃を思い出しました。
画像:会場前に設置された草間彌生さんの「ハーイ!コンニチワ ポチ 2004」
「ハーイ!コンニチワ やよいちゃん 2004」作品に書かれたサインは「やよいちゃま」です。札幌芸術の森美術館にて。
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by abdulmajid0922 | 2013-11-23 01:43 | Comments(0)

白樺派の巻

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神奈川県藤沢市に鵠沼海岸という東に江ノ島を望む海岸があります。右手に富士山が見えます。1907年にこの地の旅館東屋にて武者小路実篤と志賀直哉は同人誌の発行を話し合い、1910年(明治43年)「白樺」の創刊~関東大震災で廃刊します。
学習院の上流階級に属する作家達が集まりロダン、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン、マチス等を日本に紹介した、総合芸術雑誌でありました。里見 弴はこの東屋に滞在して「潮風」を発表しました。志賀直哉 明治43年6月 作品「剃刀」より
「切れない剃刀で剃られながらも若者は平気な顔をしている。痛くも痒くもないと云う風である。その無神経さが芳三郎には無闇と癪に触った.........
そして発作的に剃刀を逆手に持つと刃が隠れるまで深く若者ののどに突き刺した。」中学時代に読んだこの恐怖は理髪店へ行く度に蘇り、今でもじっとおとなしく椅子に座っています。
画像:すべて北海道大学構内です。
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by abdulmajid0922 | 2013-11-22 06:49 | Comments(0)

アララギ派の巻

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一位の樹をアララギとも言います。1908年(明治41年)「阿羅々木」を創刊し、翌年「アララギ」と改称、短歌雑誌である。正岡子規門下の歌人らの「根岸短歌会」の機関誌となりました。
小説「野菊の墓」の伊藤左千夫、伊藤左千夫の門下生の斉藤茂吉は大正、昭和前期の中心人物であり、歌集「赤光」(明治38年~大正2年)。「伊藤左千夫」1942年(昭和17年)。島木赤彦、折口信夫、古泉千樫(ちかし)、土屋文明(万葉集研究家)らがおり、子規流の写実的であり、人間の深層心理を詠んだ。これらの作品には読者の胸を打つ、心に響く素晴らしい豊かな日本語を見い出す事が出来ます。今では、意味が理解出来ない位の言葉の表現が有り、現代語訳は必要でしょう。活字にもっと親しみ丁寧な美しい日本語を大切にしましょう。四季折々の表現の豊富な語彙。新聞、本を読まず、TV語の真似をした言葉遣いでは余りにも美しい日本語をおろそかにしています。メール文章で教養が如実に現れます。画像は札幌中島公園、北海道知事公館での一位の樹です。
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by abdulmajid0922 | 2013-11-21 02:03 | Comments(0)