思うままに


by abdulmajid0922

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団子坂 の巻

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「不忍通り」から見た「団子坂下」です。


森鷗外「青年」

《壱》
......
二人は又狭い横町を抜けて、幅の広い寂しい通を横切って、純一の一度渡った、小川に掛けた生木の橋を渡って、千駄木下の大通に出た。

菊見に行くらしい車が、大分続いて藍染橋の方から来る。
......

「それじゃあ、いずれその内」

「左様なら」 

瀬戸は団子坂の方へ、純一は根津権現の方へ、ここで袂を分かった。.,,,,
(青空文庫)

メトロ東西線千駄木駅出口1を出ます。
そこは「不忍通り」
左へ10歩歩くと「団子坂下」の交差点です。

左へ曲がります。
ここから「団子坂上」の交差点を目指します。

椿、沈丁花、躑躅、皐月、楠、紅要黐
の鮮やかな赤い新葉が団子坂を通る人びとに春の訪れを知らせているのです。

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「団子坂」には街路樹はありません。

ビルの前には、
ソヨゴが植えらています。

薄紫色のツツジ、ヤマブキが咲いています。

クリスマスローズは白い花と薄紅色の花がうつむいて咲いています。

ヒイラギナンテンの黄色い花の香水のような香りが歩道まで届くのです。

爪先上がりの坂道の脇には
キンモクセイが橙色の若葉を伸ばし、
鉢で育てられているクジャクヒバの葉をひとつまみ、揉んで鼻にもってくると
とても香りが良いのです。

背の低い千両は赤い実をつけています。

千駄木3丁目側でちょいと横丁を覗くとキンカンの実がまだ幾つか残ってぶら下がっています。

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「団子坂」の団子売り

夏目漱石「野分」
ホトトギス 1907年明治40年1月

《五》
.......
向うの机を占領している学生が二人、西洋菓子を食いながら、団子坂の菊人形の収入について大に論じている。
......
菊人形の収入についての議論は片づいたと見えて、二人の学生は煙草をふかして往来を見ている。「おや、富田が通る」と一人が云う。「どこに」と一人が聞く。
......
(青空文庫)

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「団子坂」を自転車で走行できる方、
押して歩く方色々です。

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「団子坂」の曲がり道

夏目漱石著「三四郎」 〜五より

....坂の上から見ると、坂は曲がっている。

刀の切っ先のようである。幅はむろん狭い。

右側の二階建が左側の高い小屋の前を半分さえぎっている。

そのうしろにはまた高い幟が何本となく立ててある。

人は急に谷底へ落ち込むように思われる。.......

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「団子坂」の説明板

千駄木3丁目側の大きな榊の木の下に設置されています。

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「団子坂上」の交差点

坂上の角の東洋大学国際会館 共同住宅の植込みには
キンモクセイ、シラカシ 、サツキ、 モミジ、ベニカナメモチ、クスノキ...
が植えらています。

千駄木2丁目と3丁目との間の坂道
「団子坂」の両脇には色とりどりの花が咲いています。
地元の住民は花卉を慈しみ歩く人びとを歓迎してくださっているようです。

ありがとうございます。

「団子坂下」から「団子坂上」までは
歩数210歩・約2分で到着します。

「三四郎」〜五 より

.......広田先生はこの坂の上に立って、「これはたいへんだ」と、さも帰りたそうである。

四人はあとから先生を押すようにして、谷へはいった。......

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「文京区立 森鷗外記念館」
設計:陶器二三雄

「団子坂」の途中が「団子坂上」の交差点です。
ここからさらに歩を進めますと平地になり
「森鷗外記念館」が左側に現れます。

「団子坂下」から「森鷗外記念館」までは歩数290歩・約3分で到着します。

ここからさきは「大観音通り」の商店街です。
「夏目漱石旧居跡(猫の家)・千朶山房跡」への道でもあるのです。


小金井喜美子著「鷗外の思い出」
〜団子坂の家・曙町の家〜

......兄は間もなく、俗に太田の原という処に移りましたが、そこは暫くの仮住いでした。

後に夏目漱石氏の住まわれた家なのです。

それから団子坂に移りました。

それまで千住で郡医などをしていた父は年も老いたので、兄と一緒に住むためにと、父母連れ立って地所を探して歩いた時、団子坂の崖上の地所が目に止ったのです。

団子坂はその頃流行の菊人形で、秋一しきりは盛んな人出でしたので、父も人に誘われて見に来たこともありましたし、近くに「ばら新」という、有名な植木屋のあるのも知っていたのです。......



夏目漱石著「三四郎」



......ある日の午後三四郎は例のごとくぶらついて、団子坂の上から、左へ折れて千駄木林町の広い通りへ出た。秋晴れといって、このごろは東京の空もいなかのように深く見える。

坂下では菊人形が二、三日前開業したばかりである。.....


*団子坂の上から、左へ折れたすぐに
「森鷗外記念館」が建っています。


森鷗外「青年」
1910年明治43年3月〜翌年の8月 スバルに連載

引用文は「観潮樓」門前の藪下通りを抜けて団子坂上に出たところです。


《壱》
.......
四辻を右へ坂を降りると右も左も菊細工の小屋である。

国の芝居の木戸番のように、高い台の上に胡坐をかいた、人買か巾着切りのような男が、どの小屋の前にもいて、手に手に絵番附のようなものを持っているのを、往来の人に押し附けるようにして、うるさく見物を勧める。

まだ朝早いので、通る人が少い処へ、純一が通り掛かったのだから、道の両側から純一一人を的にして勧めるのである。外から見えるようにしてある人形を見ようと思っても、純一は足を留めて見ることが出来ない。

そこで覚えず足を早めて通り抜けて、右手の広い町へ曲った。 
.....

 瀬戸は名刺を出して、動坂の下宿の番地を鉛筆で書いて渡した。

「僕はここにいる。
君は路花の処へ入門するのかね。
盛んな事を遣って盛んな事を書いているというじゃないか」

「君は読まないか」

「小説はめったに読まないよ」 

二人は藪下へ出た。

瀬戸が立ち留まった。

「僕はここで失敬するが、道は分かるかね」

「ここはさっき通った処だ」

「それじゃあ、いずれその内」

「左様なら」 

瀬戸は団子坂の方へ、純一は根津権現の方へ、ここで袂を分かった。
(青空文庫)

東京都文京区千駄木1丁目〜3丁目にて


森鷗外『二人の友』より

..... 果して安国寺さんは私との交際を絶つに忍びないので、自分の住職をしていた寺を人に譲って、飄然と小倉を去った。

そして東京で私の住まう団子坂上の家の向いに来て下宿した。

....丁度そこへF君が来て下宿した。

東京で暮そうと思って、山口の地位を棄てて来たと云うことであった。

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by abdulmajid0922 | 2016-03-31 09:42 | Comments(0)

夏目坂 の巻

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夏目坂通り

東京メトロ東西線早稲田駅 2番出口 を出て右がすぐ「夏目坂通り」です。

馬場下町交差点から南方向の若松町交差点までの約700mの道路です。

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「夏目坂通り」に入るとすぐ左手に設置されている「夏目漱石誕生之地」の石碑。

揮毫は漱石門下生のひとり安倍能成です。

夏目漱石生誕百年記念として
昭和四十一年二月九日
新宿区が建てました。

石碑の右側に刻印してあります。


夏目漱石はこの石碑がある喜久井町1番地で生まれたのです。

漱石公園内に設置されている
説明板「夏目漱石終焉の地」
早稲田南町7丁目まではこの石碑の位置から徒歩10分足らずの距離です。

遠くはロンドン、四国、九州へと羽ばたき、乃木さんが苦戦した二〇三高地の地を踏みしめやがて生まれたところに帰って来た夏目漱石の一生はまるで「鮭」のようです。

石碑の後ろの説明板には「喜久井町」のいわれを説明してあります。

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夏目家は、この辺り一帯牛込馬場下横町周辺をまとめる名主でした。

「夏目坂」は漱石の実の父親である夏目庄小衛直克が命名しました。

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坂下の喜久井町67番地

「夏目坂」
メトロ東西線早稲田駅 2番出口から上りますとここから浄土宗 来迎寺までの坂道です。

坂の途中には、ありがたいことにいくつものお寺があり境内に入り木々を眺めては心のやすらぎが得られるのです。

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「夏目坂」の坂上に到着です。
ここは南に向かって左側、
喜久井町14番地です。

左側の歩道を歩くと
馬場下町交差点を進んでから
爪先上がりの坂道は喜久井町14番地の交差点、早稲田大学 喜久井町キャンパスの門を横目に進んで交差点に到着します。

*「夏目坂」
上り:歩数264歩です。
下り:徒歩2min20secです。

自転車に乗ってこの坂道を上ることは無理なほど急なところがあります。


街路樹のない「夏目坂」ですが
シマトネリコやキンモクセイの木々が歩道脇に見られるのです。

建物の玄関前にたいていの所は色とりどりの花卉が添えてあります。
花の香りと美容室からの衛生的な香りが漂います。

素敵な坂道です。

坂道を道なりに歩を進めますと、原町2丁目になり『有島武郎旧居跡』の説明板が設置されています。


*「夏目坂」の道路工事計画

東京都市計画幹線街路環状第4号線のうち新宿区若松町ー新宿区馬場下町交差点の約700mの道路です。

東京都は道路拡幅計画を立てています。






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by abdulmajid0922 | 2016-03-30 13:21 | Comments(0)

有島武郎旧居跡 の巻

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創作のための別邸がこの地にありました。

漱石山房のそばです。

1922年 大正11年3月から1年間を過ごしました。

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東京都新宿区原町2丁目71番地

夏目漱石生誕地である喜久井町「夏目坂」を望む。

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有島武郎は
1916年大正5年 妻、父親を亡くしました。5歳の長男(俳優の森雅之)に次男、三男の子供たちがいました。
翌年には現在の北海道大学を退職しました。

その頃の悲愴感が漂うように見えてしまいとてもつらいお顔立ちです。
一度見て二度と忘れることのできない最も印象に残っている有島武郎の写真です。

写真:北海道大学蔵
旧有島武郎邸にて
札幌市南区 芸術の森



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by abdulmajid0922 | 2016-03-29 09:19 | Comments(0)
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「夏目漱石旧居跡」川端康成による揮毫です。

小金井喜美子著
「鷗外の思い出」〜団子坂の家・曙町の家
によりますと昔の地元の人がここいらを『太田の原』と呼んだところです。

森鷗外は一時この小金井喜美子のいう太田の原(鷗外が住んだ当時の住所は千駄木町57番地)に居を構えていたことがありました。
鷗外はこの家を「千朶山房」と命名しました。

鷗外の移転後、
同じ家に夏目漱石は移り住むことになりました。

漱石の移転後、
同じ家に魯迅はその事情を知った上で移り住むことになりました。


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記念碑の側の石塀の上には、当時夏目家と一緒に住んでいた...名前はまだ無い。....
猫の微笑ましい彫刻が設置されています。


日本医科大学同窓会 橘桜会館前にて
東京都文京区向丘2-20-7
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by abdulmajid0922 | 2016-03-28 08:40 | Comments(0)
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アマミヒイラギモチ(奄美柊黐)
モチノキ科・モチノキ属

学名:Ilex dimorphophylla Koidz.

別名:アマミヒイラギ(奄美柊)、
ヒメヒイラギ(姫柊)

原産地:日本(奄美大島湯湾岳)

花言葉:あなたを守る、永遠の輝き

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互生する葉の大きさは約1cm×2cmです。

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トゲのある葉

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丸い全縁の葉

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東京都中野区にて。


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by abdulmajid0922 | 2016-03-27 18:16 | Comments(0)

ハーデンベルギア の巻

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ハーデンベルギア
マメ科・ハーデンベルギア属

学名:Hardenbergia violacea

英名:Happy Wanderer,
Australian Sarsaparilla,
Purple Coral Pee,
Lilac Vine

和名:コマチフジ(小町藤)、
ヒトツバマメ(一つ葉豆)

原産地:オーストラリア東部クィーンズランド〜タスマニア島


*画像は
'Happy Duo'ではなく
'Wandarer'と'Snow White'を寄せ植えにした「あんどん仕立て」です。

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日本固有の藤の花のようです。

花言葉:奇跡的な再会....

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Hardenbergia'Edna Walling Snow White'

東京都中野区にて。

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文京区にて


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by abdulmajid0922 | 2016-03-25 10:41 | Comments(0)
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ヒュウガミズキ(日向水木)
マンサク科・トサミズキ属

学名:Corylopsis pauciflora

英名:Buttercup Winter Hazel

別名:ヒメミズキ(姫水木)
イヨミズキ(伊予水木)

原産地:西日本〜台湾

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花言葉:思いやり、信頼.....

3月の第1週、冬の終わり頃から咲き始めました。

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東京都中野区八幡神社境内にて。

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by abdulmajid0922 | 2016-03-23 14:38 | Comments(0)
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ムラサキハナナ(紫花菜)
アブラナ科・オオアラセイトウ属

学名:Orychophragmus violaceus

英名:Chinese violet cress

別名:ショカツサイ(諸葛菜)、
シキンソウ(紫金草)、
ハナダイコン(花大根)

原産地:中国東部〜朝鮮半島

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花言葉:知恵の泉、癒し.....

4弁の花径は約3cm×3cmです。

青シソのような葉です。

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*海外のWEBサイトでは葉も花も食用可能とあります。

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東京都中野区にて

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by abdulmajid0922 | 2016-03-22 10:17 | Comments(0)

フッキソウ(富貴草) の巻

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フッキソウ(富貴草)
ツゲ科・フッキソウ属

学名:Pachysandra terminalis    

英名:Japanese spurge、Pachysandra
spurge=トウダイグサ

別名:キチジソウ(吉字草)

原産地:日本〜中国

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花言葉:良き門出、祝意....

穂状花序の花弁の無い白い花の先は茶色いのです。

ジンチョウゲの花のような肉厚で固さがある花です。

*ウェブページでは果実は食用可能とあります。

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30cmほどに成長する常緑樹です。
東京都杉並区にて
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by abdulmajid0922 | 2016-03-21 09:11 | Comments(0)
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ヤハズエンドウ(矢筈豌豆)
マメ科 ソラマメ属

学名:Vicia sativa L.

英名:Common Vetch, Spring vetch、
Oregon vetch

別名:カラスノエンドウ(烏野豌豆)

原産地:地中海沿岸部

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花言葉:小さな恋人たち


花の大きさは1cm×1cmほどです。
細かい毛が葉、茎に生えています。

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東京都中野区にて

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by abdulmajid0922 | 2016-03-20 08:58 | Comments(0)