思うままに


by abdulmajid0922
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

<   2016年 04月 ( 8 )   > この月の画像一覧

カラヴァッジョ
《法悦のマグダラのマリア》
Mary Magdalene in Ecstasy
1606年 油彩/カンヴァス
107.5×98cm 個人蔵

e0322201_15380869.jpg

一瞥して気が付くのは対角線を意識した大胆な構図です。

露出する肩と白い衣装のあたりは
《トカゲに噛まれた少年》(1593-1594年頃)を想起させてくれます。

e0322201_13342687.jpg

左側に描かれた十字架

会場では十字架の存在に全く気が付きませんでした。

e0322201_15380846.jpg

肌の色、顔の色は白いというより灰色がかっており、
死顔の持つ不気味さを感じ遠目で見て拒否反応が生じた作品です。

余りにもの写実な「絶頂」の顔をまともに見られない、見てはいけないという気にさえ感じさせるかなり印象強い作品です。


目尻に描いたひとつぶの涙に美しさを見いだすことはできません。

この顔の前の苦痛を伴う悦楽の表情を簡単に想像出来ますから、やはり見てはいけないものを見ている気がするの感は否めません。

「のぞき」で見る者を喜ばせる企みがあるような作品です。

後の世に現れる喜多川歌麿や歌川国貞等の美人画に見られる「笹色紅」を髣髴させる上下の唇の色を変えて描いています。

e0322201_15380910.jpg

つい先ほどニュースになりました
《ホロフェルネスの首を斬るユディット》では侍女の老婆の首が異常に膨れています。

《法悦のマグダラのマリア》では
マリアの腹部が異常に膨れています。


画像:ぶらぶら博物館・美術館


イングマール・ベルイマン好みの香りが漂いオペラの演出を見るような猥褻と芸術の共存する
世界初公開《法悦のマグダラのマリア》
Mary Magdalene in Ecstasy



日伊国交樹立150周年記念

カラヴァッジョ展

国立西洋美術館にて2016年6月12日まで公開中です。

東京都上野公園

[PR]
by abdulmajid0922 | 2016-04-18 15:31 | Comments(1)

サカキ(榊) の巻

e0322201_10333863.jpg

サカキ(榊)
ツバキ科・モッコク科・サカキ属

学名:Cleyera japonica

英名:Sakaki, Cleyera,
Cleyera japonica

原産地:日本〜中国


花言葉:揺るがない、神を尊ぶ....

e0322201_10333927.jpg


e0322201_10371003.jpg

サカキの若木です。

濃い緑色の十字互生する無毛で全縁の葉は厚みがあります。

e0322201_10333984.jpg


e0322201_10333916.jpg

サカキの樹皮のようすです。

e0322201_10334053.jpg

サカキの下には「団子坂」の説明板が設置されています。

東京都文京区千駄木3丁目団子坂の中間地点にて




[PR]
by abdulmajid0922 | 2016-04-07 10:27 | Comments(0)

ヤマモモ(山桃) の巻

e0322201_09101042.jpg

ヤマモモ(山桃)
ヤマモモ科・ヤマモモ属

学名:Morella rubra

英名:Japanese Bayberry,
Red Bayberry、Chinese Bayberry

別名:山桜桃、火実、楊梅

原産地:日本〜中国

e0322201_09101178.jpg

花言葉:教訓、一途、ただ一人を愛する..


赤い雄花のつぼみをたくさんつけています。


ヤマモモは、雌雄異株です

e0322201_09101180.jpg

樹皮を乾燥させて草木染めに、「楊梅皮」の名で漢方薬に利用されています。

e0322201_09101166.jpg


e0322201_09192590.jpg


東京都中野区中野四季の森公園にて

2016年3月24日
#ヤマモモ

[PR]
by abdulmajid0922 | 2016-04-06 09:06 | Comments(0)
e0322201_08423161.jpg

ナガバアカシア(長葉アカシア)?
マメ科・アカシア属

学名:Acacia longifolia (?)

原産地:オーストラリア南東部

e0322201_08423150.jpg

つぼみのようです。

e0322201_08423191.jpg

幹に近いところの枝振りです。

e0322201_08423239.jpg

平滑な樹皮です。

幹の太さは15cmほどです。

2015年12月24日

e0322201_08423238.jpg

2016年3月4日

つぼみのままです。

ゴマ粒より細かいつぼみです。

e0322201_08423267.jpg

2016年3月27日

アカシアの花言葉:友情、優雅、秘密の愛

ようやく花が咲き始めました。

3か月間つぼみの状態だったということです。

まだまだ満開ではありません。

小さな小さな花一輪の大きさは3mmほどです。

一本の花序の大きさは約8mm×35mmです。

e0322201_08423359.jpg

2016年3月30日

白っぽくはないはっきりとした黄色い花が咲いています。

葉も花もよい香りがするとは、
とても言えません。

花の香りはほとんど感じられないのです。

e0322201_08423353.jpg

黄金葉が美しく住宅街の中でもひときわ目立ちます。

ゆったりと風にそよぐ枝のようすは優雅さがあり印象に残ります。


北海道民にとって蜜源植物ニセアカシアの花木には大変親しみがありますが、
この木は散歩中に初めて発見したので投稿した次第です。


*ヤナギバアカシア:Acacia Floribunda 'Aurea'
との区別をつけられずに本当はどちらなのか迷っています。


東京都中野区にて
2016年03/30


[PR]
by abdulmajid0922 | 2016-04-05 08:33 | Comments(0)

夏目漱石胸像 の巻

e0322201_09250220.jpg


e0322201_09250364.jpg


e0322201_09250352.jpg


e0322201_09250390.jpg


e0322201_09250448.jpg

1991,FeB,9,

NAOKI,

TOMINAGA

漱石胸像の裏側の左下に刻まれています。


e0322201_09250423.jpg

富永直樹作/ブロンズ
平成3年 1991年 2月9日

e0322201_09250518.jpg

「則天去私(そくてん きょし)」


台座の右下に刻まれています。

大正5年11月ころに書かれた漱石自筆の書「則天去私」から。


天にのっとり、わたくしを去る世界。

「天のおもむくままに身を任せ、
小さな自分という者を捨て去ってしまうという境地」

漱石が晩年になっての境地です。


....人間の心の奥深く巣喰ってゐるエゴイズムを摘出して、人人に反省の機会を与へ、それに依って自然な、自由な、朗らかな、道理のみが支配する世界へ人人を連れ込まうとする事である。.....
(小宮豊隆著「漱石の芸術」
岩波書店 一九三二・十二)

e0322201_09250573.jpg

「人よりも空 語よりも黙
肩に来て人なつかしや赤蜻蛉」

台座の左下に刻まれています。


夏目漱石随筆「思い出す事など」
明治44年(1911年)からの一節です。
〜二十四〜

......けれども南画に似た心持は時々夢を襲った。
ことに病気になって仰向に寝てからは、絶えず美くしい雲と空が胸に描かれた。 
すると小宮君が歌麿の錦絵を葉書に刷ったのを送ってくれた。
余はその色合の長い間に自と寂びたくすみ方に見惚れて、眼を放さずそれを眺めていたが、ふと裏を返すと、私はこの画の中にあるような人間に生れたいとか何とか、当時の自分の情調とは似ても似つかぬ事が書いてあったので、こんなやにっこい色男は大嫌だ、おれは暖かな秋の色とその色の中から出る自然の香が好きだと答えてくれと傍のものに頼んだ。
ところが今度は小宮君が自身で枕元へ坐って、自然も好いが人間の背景にある自然でなくっちゃとか何とか病人に向って古臭い説を吐きかけるので、余は小宮君を捕えて御前は青二才だと罵った。──それくらい病中の余は自然を懐かしく思っていた。
空が空の底に沈み切ったように澄んだ。高い日が蒼い所を目の届くかぎり照らした。
余はその射返しの大地に洽ねき内にしんとして独り温もった。
そうして眼の前に群がる無数の赤蜻蛉を見た。
そうして日記に書いた。──「人よりも空、語よりも黙。……肩に来て人懐かしや赤蜻蛉」 
これは東京へ帰った以後の景色である。東京へ帰ったあともしばらくは、絶えず美くしい自然の画が、子供の時と同じように、余を支配していたのである。.....

e0322201_09250643.jpg

2017年 平成29年は夏目漱石生誕150周年記念の年です。


漱石公園は2017年平成29年9月の完成を目指して仮称「漱石山房」記念館の建設工事中です。


新宿区立 漱石公園
東京都新宿区早稲田南町7番地


*漱石の笑顔の写真を発見しました。

ビジュアル偉人伝シリーズ
近代日本をつくった人たち
孤高の「国民作家」

夏目漱石

発行所 株式会社 生活情報センター

この本には
漱石の笑顔の写真が掲載されているのです。
P90

不動産貯蓄銀行発行の雑誌
「にこにこ」大正4年 1月刊とあります



笑顔になった原因が詳しく書かれています。
夏目漱石著「硝子戸の中」より



....写真を二枚撮って貰った。

一枚は机の前に坐っている平生の姿...

.....彼は....「お約束ではございますが、
少しどうか笑っていただけますまいか」
と云った。

私はその時突然微かな滑稽を感じた。

しかし同時に馬鹿な事をいう男だという気もした。

私は「これでいいでしょう」と云ったなり先方の注文には取り合わなかった。......



[PR]
by abdulmajid0922 | 2016-04-04 09:15 | Comments(0)

漱石公園 の巻

e0322201_10404736.jpg

外苑東通りからの入り口です。

e0322201_10404825.jpg

「新宿区立 漱石公園」早稲田南町7番地は漱石山房通りに面しています。

「漱石公園」は仮称「漱石山房」記念館の建設工事中です。

e0322201_10404801.jpg

「木曜会」がひらかれた漱石山房跡地です。

漱石山房は、昭和20年の空襲で焼失しました。

「虞美人草」、「夢十夜」、「三四郎」...から未完「明暗」の作品はここで書かれたのです。


公園入り口に設置されています
「夏目漱石」の胸像です。

富永直樹作/ブロンズ
平成3年 1991年 2月9日 製作

e0322201_10404895.jpg


e0322201_10404934.jpg

「道草庵」

漱石関連のパネル、資料を展示しています。
自由に見学することができます。

優しいおじいちゃんが担当されています。

e0322201_10404947.jpg

「夏目漱石終焉の地」の説明板。

夏目家の代々飼っていたペットの供養塔は新宿区が昭和28年に復元したものです。

《吾輩は猫である》の猫とは無縁です。

e0322201_10404926.jpg

平成29年は夏目漱石生誕150周年記念の年です。

e0322201_10405074.jpg

漱石公園は平成29年9月の完成を目指して仮称「漱石山房」記念館の建設工事中です。


「新宿区立 漱石公園」
東京都新宿区早稲田南町7番地



[PR]
by abdulmajid0922 | 2016-04-03 10:30 | Comments(0)

観潮樓 と 猫の家 の巻

e0322201_17021048.jpg

森鷗外記念館

「観潮樓」跡の「文京区立 森鷗外記念館」左側の路地「藪下通り」を進みます。

e0322201_17021127.jpg

藪下通りの入り口です。

やがて右手に現れる二つ目のコンクリート製の階段を上がりますと「日本医科大学図書館」の脇に出ます。

道の向かいは文京区向丘2丁目です。

正面建物の右側は「日本医科大学同窓会館 橘桜会館」です。

そこが「夏目漱石旧居跡・猫の家/ 千朶山房跡」です。

e0322201_17021105.jpg

「夏目漱石旧居跡」の石碑が建っています。

柔らかい感じがするこの文字は川端康成の揮毫です。

*石碑の裏の石壁を「猫」が歩いているように設置されています。

かつての建物は「明治村」へ移築されています。

ここはかつて森鷗外の住んだ家「千朶山房」、その後夏目漱石が住み通称「猫の家」と呼ばれたところです。


鷗外の終のすみかとなりました「観潮樓阯」・「森鷗外記念館」とはこの道を歩くと「僅か4分」の距離です。

e0322201_17021214.jpg

「観潮樓跡」道しるべ


「観潮樓阯」から「千朶山房跡/夏目漱石旧居跡(猫の家)」へ「大観音通り」を歩きますと道しるべの歩道タイルの向きは、こうなるのです。

遠回りになりますが、 「森鷗外記念館」前の「大観音通り」を西へ進みます。
駒込高校角の交差点を左折して「千朶山房跡/夏目漱石旧居跡(猫の家)」を目指します。
向丘2丁目までは「僅か9分」で到着します。


実際に歩いて初めて発見した
「森鷗外」と「夏目漱石」との距離!

二人の文豪は明治36年から40年までの4年間ほどの間、こんな近くに住んでいた時期があったのです。

だったらもっと二人の....

二人で....

どうして.......


「森鷗外」と「賀古鶴所」

「夏目漱石」と「菅虎雄」

「森鷗外」と「夏目漱石」とでは


熟考の結果、

「攘夷」と「佐幕」との関係が思い浮かぶのです。


東京都文京区千駄木1丁目〜向丘2丁目にて
[PR]
by abdulmajid0922 | 2016-04-02 08:56 | Comments(0)

森鷗外記念館 の巻

e0322201_11153198.jpg

「文京区立 森鷗外記念館」です。
(設計:陶器二三雄)


夏目漱石著「三四郎」で知った「団子坂」を登りきって団子坂上をさらに道なりに歩を進めますと左側に各建築賞を受賞されました見事な現代建築物があらわれます。

e0322201_11153123.jpg

森鷗外は幾つもの作品に
「..,,灰色の空......」と書いています。


この灰色の建物はそれを意識された上で設計されたように見えます。

明治25年(1892年)から当地に「観潮樓」と名付けた居を構え終のすみかとなりました。


小金井喜美子著「鷗外の思い出」
〜団子坂の家・曙町の家〜

.......兄は間もなく、俗に太田の原という処に移りましたが、そこは暫くの仮住いでした。
後に夏目漱石氏の住まわれた家なのです。
それから団子坂に移りました。
それまで千住で郡医などをしていた父は年も老いたので、兄と一緒に住むためにと、父母連れ立って地所を探して歩いた時、団子坂の崖上の地所が目に止ったのです。.......

.....地所には板葺の小屋が建っていました。そこに立ちますと、団子坂から、蛍の名所であった蛍沢や、水田などを隔てて、遥かに上野谷中の森が見渡され、右手には茫々とした人家の海のあなた雲煙の果に、品川の海も見えるのでした。その眺望に引きつけられて、幾度も来て見るごとにいよいよ気に入ったので、近い平坦な太田の原から、兄を連れて来て取極めたのでした。細長い地所でしたが、持主に懸けあって、裏隣の地所もいつか譲受ける下約束もしたのです。
.....

*この本では当地に居を構えるいきさつが書かれています。
決定権は鷗外の父 森静男にあったことが伺えます。

庭に設置されていても戦災を免れてきました「鷗外の胸像」がB1展示室
から始まり、始まりです。


森鷗外記念館 展示品の中から....

*「森鷗外の浮彫像」
制作:高田博厚/寄贈:佐藤春夫

1Fの内部正面壁に取り付けられています。


*「森鷗外の胸像」
制作:武石弘三郎/大理石


*「森鷗外の記念品 デスマスク」
制作:新海竹太郎 大正11年(1922年)
/ブロンズ

(展示室の説明文には「明星」鷗外追悼号に寄せた与謝野寛の詩が書かれています。
「隅に立ち萬里と共にささやきぬ先生の顔基督と似る」)

「記念品 デスマスク」を見たとたんに
この本を思い出したのです
ここを読んだ時はもらい泣きをし、
鷗外と賀古鶴所の友愛の深さに感銘を受けたものです。


小金井喜美子著
「森鷗外の系族」〜兄君の最後

....,とぎれとぎれのお兄い樣の息が間遠に聞えるばかりでした。

そしていく時過ぎたでせう、つと賀古さんは顔を寄せて禮をなすつて。

「では安らかに行きたまへ。」

立って部屋をお出になります。

はつとした時、お醫者は厳かに。

「御臨終でございます。」.....



......賀古さんが入つてお出でになり。

「デスマスクを撮りたいと思ひますが、
お考は。」

誰も否と申す人はございませんでした。

熱い頃なので、防腐注射といふ事になりまして、其夜お醫者がそれぞれ手続きをなさいます。

私の次男が醫科の學生でしたので其お手傳をいたしました。

「伯父樣のお體は針をさす時にまつ白なごく薄い紙のやうな感じがしましたよ、
よくあれまでお持ちになつたものですね。」

驚いて申して居りました。
それ程までに衰え果てたお體、頭だけ働いて居ると仰しやつたのを思へば、人體の機能を支配する特殊の腦力の強さを今更深く感じ入つたのでした。


小金井喜美子著「森鷗外の系族」
昭和十八年十二月二十日 發行
東京 大岡山書店 刊行


*小説「文づかい」の原田直次郎による挿絵が見られます。

原田直次郎(「うたかたの記」のモデルです)の作品は森鷗外が開催した回顧展以来107年経ってTVでも放送され、ようやく脚光を浴びる今日です。
素晴らしいことです。

e0322201_18395013.jpg

2016年2月11日〜3月27日
「原田直次郎展」
埼玉県立近代美術館にて開催されました。

e0322201_11153205.jpg

「モリキネ カフェ」からガラス越しに眺められる「臥牛のような石」と「大イチョウ」の木です。

「臥牛のような石」の手前にはクチナシが植えられていいます。


......兄も暇の時には、引入れた臥牛(ねうし)のような石に腰を掛けたり....
(小金井喜美子著「鷗外の思い出」)

e0322201_11153298.jpg

この大きな石「三人冗語の石」に腰掛けている潤三郎や鷗外の写真は館内1Fの「モリキネ カフェ」に飾られています。


中庭にはジンチョウゲが白い花を咲かせ、
ツバキにはバラのような花びらの薄紅色の花が咲いています。

レンギョウは小さな黄色い花を、アジサイの葉は春の若々しい黄緑色を放っています。

シャリンバイの枝先には白く新芽が伸びています。

ハナカイドウの濃い紅色は訪ねて来た「エリス」のくちびるか。

ヒメシャラの若葉は明るい黄緑色が一層見る者を爽やかな気持ちにさせてくれるのです。

きちんと刈り込まれたキンメツゲの濃い緑色は心を落ちつけさ清涼剤のような力があるのです。

園路の足元にぐるりと廻っているまったく葉がなく枯木のようなドウダンツツジはもう少し暖かくなる日をじっと待っているのです。.....


庭にはまだまだ数多くの植物が植えられています。


鷗外の数多くの作品には夥しい種類の花卉が登場するのです。


記念館の庭にこれほどの種類の花卉を植栽されているようすからは、関係者の皆様の鷗外を敬い讃えておられるお気持ちが伝わります。

誠に気持ちの良いひとときを過ごすことができました。

ありがとうございます。
感激しております。

e0322201_11153202.jpg

中庭の壁に嵌め込まれている根府川石製の詩碑です。
設計:谷口吉郎

「沙羅の木」

褐色(かちいろ)の根府川石(ねぶかわいし)に
白き花はたと落たり
ありしとも青葉がくれに
見えざりしさらの木の花


森林太郎先生 詩 
昭和廿五年六月
永井荷風書


父鷗外森林太郎三十三回忌にあたり弟妹と計りて供養のためこの碑を建つ

 昭和三十九年七月九日 嗣 於菟



「沙羅の木」
明治三十九年九月一日「文藝界」に発表した詩です。

e0322201_11153345.jpg

正門の門柱跡の礎石と門前の敷石が今日に残されています。

...森の家も、いかめしかった門は影も形もありません。毎朝兄が出勤せられる時、馬丁が馬を引いて来るのを佇んで待っていられた軍服姿が思出されます…
(小金井喜美子著「鷗外の思い出」
〜建碑式)

e0322201_11153338.jpg

ここに立つ鷗外の写真が門左壁に掲示してあります。

e0322201_11153377.jpg

「観潮樓阯」

佐々木信綱の揮毫です。

正門の左側の壁に設置されています。


正門の右側の高さ3mほどの灰色のレンガ壁に沿って若葉の輝き揺れる「シラカシ」が一列に植栽されています。


平成24年(2012年)11月1日
生誕150周年を記念して「文京区立 森鷗外記念館」として開館されました。


館内のみならず館外も魅力溢れる素晴らしい「森鷗外記念館」です。


東京都文京区千駄木1-23-4


*正門前の薮下通りから日本医科大学図書館の脇を出ますとそこは向丘2丁目です。
「千朶山房跡・夏目漱石旧居跡(猫の家)」まで「森鷗外記念館」から徒歩で僅か4分です。

別の広い道を歩いて9分の距離です。

この事実は驚きます。






[PR]
by abdulmajid0922 | 2016-04-01 11:00 | Comments(0)