思うままに


by abdulmajid0922
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『鈴木大拙 没後40年』
松ヶ岡文庫編
河出書房新社 2006年 より


鈴木大拙を語るに、本書では4人の方々がポール・ケーラスに触れています。


1「巻頭言」出光昭介
.....米国ではポール・ケーラス博士が宗演の話を聞き「ゴスペル・オブ・ブッダ」を書く。

大拙は送られて来た本の翻訳をする。

その後ケーラスが老子の「道徳経」を英訳するのを手伝いに宗演老師の勧めで渡米する。



2「無限への憧れ 」構成:安藤礼二
.....ケーラスがその地で模索していたのは、なによりも宗教と科学の調和であった。

鈴木大拙が語る「私の履歴書」
......へゲラー氏というのは.....ポール・ケーラスを出版社の編集長に招き...仏教は科学的な教えであるというので万国宗教会議の時に宗演老師などをラサールに招待したのが縁で、老師の紹介で、わしはオープン・コート出版社に働くことに....。


3「若き大拙と科学問題」金子 務
西欧の個人主義と科学

......大拙は初めて、明治三〇年、世紀末の機械文明国アメリカに渡り、イリノイ州ラサールのポール・ケーラスが関係するオープン・コート出版社に勤めながら、翻訳や仏教の普及、新知識の吸収に務めた。


4 「鈴木大拙論」増谷文雄
国際関係のはじまり

.....シカゴにポール・ケーラスというドイツ出身のイギリス人が住んでおりました。

.....老子に興味を持ったようで「老子道徳経」の翻訳をまずやりかかった。
それからそのつぎは、The Gospel of Buddha 「仏陀の福音」を書きました。

これはひじょうに広く読まれました。
日本に翻訳が二つありますが、その一つは、鈴木大拙その人の翻訳であります。

......
ポール・ケーラスと一緒にオープン・コートの仕事をずっとつづけられること、十一年に及びます。



ポール・ケーラスを語らぬわけにはいかないほど、鈴木大拙とは切っても切れぬ関係であったことが理解できます。


ポール・ケーラスといえば、
"Karma : a story of Early Buddhism" 
1894年(明治27年) 雑誌「オープン・コート」に発表。42歳


ポール・ケーラスが発表した同年にトルストイ伯爵がこれをロシア語に翻訳して『カルマ』の作品名でロシア国内に発表しました。


"Karma : a story of Early Buddhism" を、
1898年(明治31年) 28歳の鈴木大拙が邦訳したのが『因果の小車』。

この中に“THE SPIDER WEB”(蜘蛛の糸)の話があるのです。
("Karma : a story of Early Buddhism" 
インターネットで確認することが出来ます)


1918年(大正7年)
27歳の芥川龍之介は『蜘蛛の糸』と題して発表しました。


この仏教小話『蜘蛛の糸』はロシアの一部の地方の民話にあり取材先のお婆さんから聞いた話だとして、すでにドストエフスキーは
1880年に刊行された『カラマーゾフの兄弟』の中でグルーシェンカのたとえ話「ねぎ」に書かれています。



地球のどこで暮らしていても、人種、宗教を超越して、
人間が心を動かし、感動することは一緒なのだとつくづく思う次第であります。


Paul Carus
ポール・ケーラス(1852-1919)

D.T.Suzuki
鈴木大拙(1870-1966)


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by abdulmajid0922 | 2017-10-26 21:58 | Comments(0)


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安政六年(1859年) アメリカでは、ペンシルヴァニア州で本格的な石油採掘が行われた。

それにより「鯨油」を燃やしてランプを灯していた時代から「灯油」を燃やしてランプを灯すというアメリカ人の暮らしが変わったことが本書で描かれており、「鯨油」という言葉から昔の昔に読んだハーマン・メルヴィル著『白鯨』(1852年)を思い出し、痛快な気持ちで読み進むことができました。

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鐡造は腹をくくって「四千万円」と言った。

〈読書は、ここでページをめくります

次のページの第一行

読者にえっと言わせるこの技法は、
著者の捧腹絶倒作品 『幸福な生活』で一度味わいましたので、尚更滑稽でした。〉

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《日章丸》
日章丸はインド洋からアラビア海に向けて北上していた。

鐡造の檄文を読み終えた後、新田船長に
大塚一等航海士が言った。

「船長、一言、申し上げたいことがあります」
という下りがあります。

一等航海士が船長にはっきり物申す姿勢はハーマン・メルヴィル著『白鯨』に登場するスターバック一等航海士をふと思い出した。


トランプ大統領はイランへさらに制裁をかけるとTVニュースが報道する今日です。

本書はイランとアメリカとの不仲の原因がはっきり描かれており、
イランがなぜ日本に好意的なのか、よくわかり、とても勉強になりました。


ただの痛快娯楽小説じゃないことに感動し、インターネットで仙厓《双鶴画賛》を凝視し、ほのぼのと幸せな気持ちに浸っております。



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by abdulmajid0922 | 2017-10-19 10:07 | Comments(0)