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思うままに


by abdulmajid0922
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雪の札幌と大野精七博士 の巻

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1・1928年(昭和3年) 秩父宮殿下、ご来道の際の警護と案内をされた北海道大学大野教授(北大スキー部第5代部長)に「冬季オリンピックは札幌で開くべきで、それには大型ジャンプ台が必要だ」と仰られました。
1930年(昭和5年) 秩父宮様、高松宮様来道記念大会が開催されます。大野教授は終生大会長に就きます。
1931年(昭和6年) ジャンプ台が完成。寄贈者大倉喜七郎男爵のご厚意に報い「大倉シャンツェ」と命名。
画像:中心部が市中からの大倉山ジャンプ競技場、傍には「大野精七博士顕彰碑」が1982年(昭和57年) に建立されました。

2・1950年(昭和25年)~1961年(昭和36年) 札幌医科大学初代学長就任。 昭和37年に「大野精七博士像」が建立されました。
画像:札幌医科大学構内にて

3・1961年 北海道文化賞を受賞されました。画像:茨城県生活環境部生活文化課「輝く茨城の先人たち」より。


1972年 第11回冬季オリンピック札幌大会成功へとご活躍されました。
「立派な子供を産んでもらい、市民に冬を健康で明るく過ごしてほしい」という医学者の願いが有っての行動でした。「スキー発展の功労者 大野精七」より。
「大野博士には雪がよく似合う」
by abdulmajid0922 | 2013-12-23 06:26 | Comments(0)