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喜多川歌麿 の巻

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「深川の雪」
江戸時代 享和2年〜文化3年
1802年〜06年頃の作品
肉筆浮世絵 紙本著色 1幅
198.8cm×341.1cm
岡田美術館蔵(神奈川県箱根町)

*品川の月 天明8年 1788年の制作
ワシントンD.C.・フリーア美術館蔵

*吉原の花 寛政3〜4年 1791年〜
92年頃の制作
コネティカット州・ハートフォード市・ワズワース・アシニアム美術館蔵


「雪」「月」「花」のひとつ
です。
世界に誇る日本の修復・復元技術が素晴らしく、赤色が一際美しく印象に残ります。

時は、第11代将軍 徳川家斉の
寛政の改革以来の厳しい統制の下で、浮世絵の美人画は世を乱すとして幾度も制限を受けます。
歌麿は抵抗します。続行します。
落款の名前を変えます。
、投獄されます。出獄後2年目に亡くなりました。

幕府財政難の折、贅沢は禁止されております。しかし、
「吉原の花」では
料亭に遊ぶ、三つ葉葵のご紋付きの衣装を召した女たち。
そこを描く画家はお上への挑戦です。


「深川の雪」では忙しく働く女たち。

客の前に出る女たちの衣装、
客の前に出ない女たちの衣装。
画家はきちんと区別して描いています。

中庭には、松竹梅他2種の樹木を描いています。
2階で遊ぶ女たちのすべてを見せるために、絵のために中心の常緑樹を切り落とした画家の意図は何んだったのか、
何かの象徴なのか
実物を見ても理解する事は出来ませんでした。嗚呼。

ジャーナリスト歌麿です。

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今日にも続く、芸術家特有の体制批判精神、報道精神が丸見えです。
脱帽です。
圧巻と云う言葉がずっと頭に浮かび作品の構図の流れに目が流れました。

廊下をゆっくり辿りますと、かつてエッシャーの作品で驚いたように自然に、視線の上部で遊ぶ女たちは2階にいるように見えるのです。

歌川国貞の美人画にも見られましたが、「笹色紅」という口紅の化粧法が見られます。
上唇は紅色ですが、下唇には緑色に着色するのです。
当時の「粋」な女たちの世界の流行だったのでしょう。

谷崎潤一郎作 「お艶殺し」1914年 大正3年
深川の辰巳芸者は素足でお座敷に上がり、客の相手をすることが書かれています。
確かに、この「深川の雪」で検証されました。
足袋を履いている女性は一人もおりません。



「国宝」ものです。

他に岡田美術館にて
展示されております歌麿作品

*「三美人図」
寛政年間 1789年〜1801年
絹本著色 一幅
86.7cm×34.5cm
肉筆浮世絵

ブラウザで検索してご覧になって下さい。

三人の吉原の遊女たち。
二人の立ち姿の女の前に座って
手紙を書いていた女。
女の左の衣桁(いこう)に掛けられた、わずかに見せる打掛(うちかけ)の模様は、絢爛豪華、孔雀(クジャク)の羽です。

ため息が出る心憎いカットです。
贅沢禁止令は夜には通じない。
彼女たちは
どれほど実入りの良い仕事だったのかが推測出来ます。

画家の美への探究心の強さと、その表現の仕方、巧みな構図。
改めて日本の誇りである事を感じます。
ヨーロッパの画家たちが生み出したジャポニズムは納得が行きます。

1910年 ロンドンでの「日英博覧会」に出品されました。

*「芸妓図」
江戸時代 享和2年 1802年
絹本著色 一幅
99.7cm×33.6cm

ブラウザで検索してご覧になって下さい。

この時代に身を置いて絵を見ますと、相当、美意識の強い描き手と
それを要求する買い手がいたということが推測できます。

舞台・映画女優のような一流スターの芸妓なのでしょう。
豪華な衣装も画家の立つ位置も、
モデルを美しく見せようとすれば、その感覚は今と全く同じです。


岡田美術館にて
神奈川県箱根町小涌谷493-1
by abdulmajid0922 | 2014-06-11 09:09 | Comments(0)