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『フランク・シャーマン コレクション選』の巻


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河村泳静氏とフランク・シャーマン
1988年 ソウルにて
(河村氏の許可を得て掲載しています)


『フランク・シャーマン コレクション選』はこの写真から始まり、始まり〜。

四月〜六月に北海道立近代美術館にて初公開された

『フランク・シャーマン コレクション  あるアメリカ人が見た戦後日本美術』

に続いて第二回目は北海道立三岸好太郎美術館での公開です。

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ある時、藤田嗣治に「君はガートルード・スタインになればいい」と言われた(出典:富田芳和著
『なぜ日本はフジタを捨てたのか?』
藤田嗣治とフランク・シャーマン
1945〜1949)
フランク・エドワード・シャーマン Francis Edward Sherman(1917-1991)が、その通り戦後日本の若き芸術家たちのためにサロンを用意し、寿司パーティーを頻繁に開き、そこで自由に遊ばせ、彼らの心の支えになることとなったのです。


日本の芸術家たちがアメリカで躍進する手助けをし、それらを成功させた事実、シルクスクリーン技術の指導等々、
日本人に与えたフランク・シャーマンの功績は誠に偉大です。

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《古い家(ベニス)》

フランク・シャーマンと親交があった、

・猪熊弦一郎(1902-1993)
《パステル風景画集》全12点揃が展示されています。

1939-40年 リトグラフ

4/125

手彩色/紙  33.2×49.1cm


・ヴェネツィアの古い建物

《古い家(ベニス)》

この作品から連想するのは、

アンリ ・ド・レニエ著

森林太郎訳 『復讐』という短編小説があります。

いかにも鷗外好みの物語で、
老翁が甥のバルタザールの青春を妬んでしまうのです。

ゴンドラの舟がごぼごぼと揺れる運河に面したバルタザールと親友ロレンツォの並んだ館を描いた「挿絵」であるかのような偶然にもそっくりなイメージなのです。


・♪プッチーニ『ジャンニ・スキッキ』で有名なフィレンツェのヴェッキオ橋

《ポントベッキョ(フローレンス)》


・フィエゾーレの夏には野外オペラが観られる円形劇場跡

《円形劇場の跡(イタリー ヒエゾーレ)》


の三点がイタリアの風景であり、制作が1939年か1940年なのか名前以外サインはしてありません。


あと九点はすべてフランスの風景です。

見るや否や ♪プッチーニ『ラ・ボエーム』の舞台セットにふさわしいと思える、遠景にサクレ・クール寺院が見える

《ビュット モンマルトル》

この一点だけが1940年の作品とわかる 

'40 弦 guèn  g.Inokouma 

とサインしてあります。


他の八点は1939年の作品です。

フランスの風景は葉がほとんど落ちた季節なのですが、唯一

《ルロット(ブールバル サンジャック)》

何台も駐車されたルロットの上の空を覆い尽くすほど青々と葉が茂る並木道を描いています。


直筆のサインは
guèn 弦
g. Inokouma.   '39


長い時の流れを感じる約40×60cmほどの全12点を収めていた帙がガラスケースの中に展示されています。


帙の表紙には1914年に完成したモンマルトルの丘に建つサクレ・クール寺院のバジリカ聖堂が大きく聳え、遠近感のある石畳の小路の奥でハイヒールを履いたエプロン姿の女給がひとり佇む聖と俗が描かれています。


アコーディオンが奏でるシャンソンが一曲、流れてきそうなまるでルネ・クレールやジュリアン・デュヴィヴィエの美しい映画のワンシーンを見るような絵です。


1940年作品の色付けしていないリトグラフです。赤い文字で大きく

Guèn と書かれています。


《パステル風景画集》全12点揃は猪熊弦一郎、最後の具象画であり、戦時中に描いた戦争画の後は抽象画に移行したと河村泳静氏の解説がありました。


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・フランク・シャーマン コレクション以外、世界中のどこにも残されていないフジタの愛用した眼鏡とケースが展示されています。



・1950年代、NY在住の猪熊弦一郎夫人フミさんの肩や背中にお灸をすえる棟方志功夫人が写った滑稽な姿のお二人の写真、その光景を見て笑っているそれぞれのご主人を写したフランク・シャーマンの「写真アルバム 6 」があります。
(会場にて河村泳静氏に説明して頂きました Aug./4/2018)



板がなくてリノリウムに彫り、インクがなくて、油絵の具で刷ったという

・朝井 清(1901-1968)

《〔軍都最後の日〕広島の夕焼》1945

リノカット/紙  29.8×44.7cm


広島原爆投下の翌日の夕焼け空の風景を、現在の平和記念公園側からの様変わりした「広島県産業奨励館」を描いた作品です。


原爆ドーム(広島県産業奨励館)を中心に仰ぎ見るように大きく、若干俯瞰するようなアングルで大地に横たわるたくさんの死体を、幹だけが辛うじて残った樹木を描く、時の経過のせいか、セピア色の作品です。


まだ、熱気が伝わるような

オドロオドロしいどよめきうねる夕焼け雲を空いっぱいに描いています。


日本版画協会展で、

フランク・シャーマンは当時のGHQの統制を怖れず発表した朝井 清の勇気に感心して購入したという。


*朝井 清が広島原爆投下の翌日、地上の地獄と天国の美しい夕焼けを見て興奮冷めやらぬうちにと、スケッチブックに夢中で描き上げた八月七日と本ブログの投稿が奇しくも同じ日付けになりました。

《〔軍都最後の日〕広島の夕焼》は

フランク・シャーマン コレクション選で最も印象に残る作品です。

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アートギャラリー北海道

河村泳静所蔵/伊達市教育委員会寄託

『フランク・シャーマン コレクション選』


2018年7月7日〜9月2日

北海道立三岸好太郎美術館


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出品作品リスト


by abdulmajid0922 | 2018-08-07 11:50 | Comments(0)