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<   2018年 04月 ( 2 )   > この月の画像一覧

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戦後の1945年11月から1957年にかけて日本に滞在した元GHQ民政官Frank Edward Sherman (1917-1991)はマサチューセッツ州のケープコッドで生まれました。


本展ポスターに使用されたハリウッドスターのブロマイドのような軍服姿のフランク・E・シャーマン

『1946年 奈良にて』


枝垂れ柳の幹にもたれ、猿沢池に望む興福寺の五重塔、強い審美眼をもつフランク・E・シャーマンの美意識の高さが一目瞭然。

構図はまるで浮世絵の世界です。

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伊原宇三郎画
《フランク・シャーマン像》1950年
油彩/カンヴァス  46.0×38.0cm


彫刻家、画家、デザイナーでもあったフランク・E・シャーマンは十四歳のときから藤田嗣治に強く憧れていました。

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フランク・E・シャーマンの進言により1949年、日本を離れニューヨークに向う藤田嗣治を見送る岡田健三と川端実。
photo by F.E.Sherman

バスに書かれた文字が懐かしい.....。

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・北海道立近代美術館 1F
『近美コレクション 名品選』ではフランク・シャーマンと交流があり、板橋区の凸版印刷にあった「シャーマン・ルーム」にも出入りしていた荻須高徳の油絵『薪炭屋』1954年 が展示され、
藤田嗣治が描いた愉快な漫画が見られます

2F会場ではイサム・ノグチの作品も展示され、

ガラスケースの中の展示品は、
・1951年、日本教育版画協会を設立した大田耕士の凸版印刷会社 シャーマン様宛にローマ字で書いた滑稽な季節の手紙、切手は3銭、4銭、7銭

・1956年NYから渋谷のワシントンハイツに住むシャーマン宛の猪熊弦一郎の書簡は、
展覧会のチケットのような一枚の紙に二人のメッセージが書かれています、
NYでの展覧会に見にきて欲しい、
セリグラフが沢山できた。
絵が2枚売れた。.......

米つぶほどの大きさの文字で小さな紙面に隙間なく書かれた猪熊弦一郎の文章にはシャーマンを愛し、慕い、信じている気持ちがようく表れているのです。


フランク・シャーマンが撮影した往時の貴重な写真も数々展示されています。

・NYにて猪熊弦一郎夫人の手料理の大皿を持ち上げて貪り食う棟方志功

・禿頭のイサム・ノグチ

・藤田嗣治が加筆して仕上げた二曲一隻の金屏風、二人の裸婦像図『Flowers』の前でワイシャツにネクタイ姿の土門拳がフランク・シャーマンの写真アルバムに収められています。

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図録
『河村泳静 所蔵 

フランク・シャーマン コレクション

あるアメリカ人が見た戦後日本美術』

北海道立近代美術館にて
〜6.24.迄、公開中です。


全く知らなかった彼の存在と功績。

戦後日本の若い芸術家たちを成功へと導き、支え、寄り添い生きたフランク・エドワード・シャーマンを大いに称え、顕彰すべきと感じます。


本展覧会の一観覧者は、
是非、フランク・シャーマンと彼ら男たちの美しき友情の映画化を望む次第であります。


今後に展開されるフランク・E・シャーマン コレクション展覧会を楽しみにしております。


Apr.24.2018

by abdulmajid0922 | 2018-04-24 12:07 | Comments(0)
「日本橋殺人事件」の捜査のため、
日本橋警察署に勤務する加賀恭一郎、
警視庁捜査一課所属の松宮脩平、二人の刑事の足跡をたどることを読後に思いついた。

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題名の『麒麟の翼』は
日本橋の中程、両方の高欄に設置された青銅製の照明灯に飾られた麒麟像です。

この照明灯の下で、被害者は倒れたのです。

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午後九時頃、ナイフが胸に突き刺さった状態の被害者が通過した警視庁中央警察署日本橋交番の昼間の刹那。

枝垂れ桜といい、古き良き日本橋の情趣を瓦屋根の庇が醸し出しています。

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日本橋人形町にある浜町緑道公園に設置された「弁慶像」

弁慶の右手が「笠間稲荷神社」方向です。

三月下旬では浜町緑道公園に植栽された並木のソメイヨシノが満開です。

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新大橋通り

画像左側の緑が浜町緑道公園、右側が新大橋方向です。

警察官に追跡された容疑者は浜町緑道を駆け出し、この片側三車線の新大橋通りを横断しようとしてトラックに接触してしまうのです。

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日本橋人形町甘酒横丁にある
『にんぎょう町 草加屋』

昭和3年(1928年)創業の煎餅屋さん、
小説では「あまから」という店名。

通りからガラス越しに中の作業工程を覗くことができ、店内で自家製手焼き煎餅の実演を披露して販売しています。

大将自慢の煎餅は硬質で翁媼が召し上がる際はちょいと努力と工夫が必要です。

「新参者」の映画の広告が店先に....

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『日本国道路元標』日本の道路の起点

日本橋の北側、日本橋三越側に設置されています。


......「日本国道路元標。
つまり、ここから人々が日本中に飛び立っていく。

だから麒麟の背中に翼を付けたんだそうです」
.......

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大正八年創業の老舗の喫茶店
「喫茶去 快正軒」

骨董品のような型のノリタケの磁器の碗皿で香り豊かなブレンド珈琲を提供しています。

甘酒横丁の西側、人形町商店街を横断すると日本橋人形町一丁目です。

画像の奥に「玉ひで」、「小春軒」、「谷崎潤一郎生誕の地」があります。


日本橋を目指してこの通りの終点を右折すると、とても目立つ看板「小網神社」が立っており、お参りせよ!と歩みを誘われるのです。

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中央通りに面した日本橋にある有名な書店

......
「日本橋にいる人間が本屋に入るとすれば、まずはこの店だろう。.....」

書店の防犯カメラの映像から容疑者八島冬樹の行動を追う刑事たち。

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山手通りを散策中、歩道脇にハンバーガーの幟が立っていましたが、中目黒駅前の高層ビル地下にもハンバーガー・ショップがありました。

ここは小説に登場する店舗とは違うであろう、高校生が利用するには高価格の店です。



*アパートにあった
火葬された八島冬樹の骨壷の入った包みは福島へ帰る際の東京駅では中原香織の手になかった。


引越し業者に頼んだ荷物の中にあるということか.....。






by abdulmajid0922 | 2018-04-03 16:56 | Comments(0)