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<   2018年 12月 ( 1 )   > この月の画像一覧

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本書、草枕 の章より

......「探偵」は漱石自身の被害妄想、関係妄想ともからんだ言葉である。

誰かが自分を「探偵」しているという妄想にかられた彼は、本当は自分の中に強力な「探偵」を飼っていたのだ。......


そこで「ガッテン!」承知の助

早速、改めて夏目漱石の作品を読み直し探偵とつながる箇所を以下に列挙した。


処女作『吾輩は猫である』から絶筆となりました未完『明暗』に至るまで、探偵、尾けられるということに夏目漱石は極めて強い執着のあることがわかりました。


モーパッサンが追躡妄想であったことが森鷗外『沈黙の塔』に書かれています。


『坊っちゃん』では翌日学校へ行くと昨日の行動が知れ渡っている。

『こころ』では雑司ヶ谷霊園にて「K」の墓参りを済ませた「先生」が「どうして、どうして.....」と「私」に問い詰める。

このくだりは夏目漱石は幾つもの病いに加えて追躡妄想にも患わされていたのではあるまいかという気がしてなりません。


1『吾輩は猫である』より

..,,,吾輩は時々忍び足に彼の書斎を覗いて見るが、彼はよく昼寝をしている事がある。


.....例によって金田邸へ忍び込む。


ー何探偵?ー

もってのほかの事である。

およそ世の中に何が賤しい家業だと云って探偵と高利貸ほど下等な職はないと思っている。


「無論ただの商売じゃない。探偵と云ういけすかない商売さ。
あたり前の商売より下等だね」

「君そんな事を云うと、ひどい目に逢うぜ」

「ハハハそれじゃ刑事の悪口はやめにしよう。......」


探偵と云う言葉を聞いた、主人は、急に苦い顔をして....,
探偵について下のような事をさも大議論のように述べられた。


2 『坊っちゃん』より

.......学校へ出てみると、例の通り黒板に湯の中で泳ぐべからずと書いてあるには驚ろいた。

何だか生徒全体がおれ一人を探偵しているように思われた。

くさくさした。

・沖釣の船上にて野だいこと赤シャツとの会話から聞こえる〜


......バッタだの天麩羅だの、団子だのというところをもって推し測ってみると、何でもおれのことについて内所話しをしているに相違ない。


・野だと赤シャツの芸者遊びの証拠をつかもうと〜

.....温泉の町の枡屋の表二階へ潜んで、障子へ穴をあけて覗き出した。

....おれと山嵐は一生懸命に障子へ面をつけて、息を凝らしている。

チーンと九時半の柱時計が鳴った。

.....角屋から出る二人の影を見るや否や、おれと山嵐はすぐあとを尾けた。.......


3『草枕』より

....,.五年も十年も人の臀に探偵をつけて、人のひる屁の勘定をして、それが人世だと思ってる。


・観海寺の和尚との会話〜

「衛生じゃありません。探偵の方です」

「探偵? なるほど、それじゃ警察じゃの。

いったい警察の、巡査のて、何の役に立つかの。

なけりゃならんかいの」


.....,,余のごときは、探偵に屁の数を勘定される間は、とうてい画家にはなれない。

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新宿区立 漱石山房記念館に隣接する漱石公園にて咲く ソメイヨシノの奥は「道草庵」


4『彼岸過迄』より

ー停留所ー

.....敬太郎は警視庁の探偵見たような事がして見たいと答えた。

「じゃするが好いじゃないか、訳ないこった」

「ところがそうは行かない」
 敬太郎は本気になぜ自分に探偵ができないかという理由を述べた。

元来探偵なるものは世間の表面から底へ潜る社会の潜水夫のようなものだから、これほど人間の不思議を攫んだ職業はたんとあるまい。

それに彼らの立場は、ただ他の暗黒面を観察するだけで、自分と堕落してかかる危険性を帯びる必要がないから、なおの事都合がいいには相違ないが、いかんせんその目的がすでに罪悪の暴露にあるのだから、あらかじめ人を陥れようとする成心の上に打ち立てられた職業である。

そんな人の悪い事は自分にはできない。

.....,それは黒の中折に霜降の外套を着て、顔の面長い背の高い、瘠せぎすの紳士で、眉と眉の間に大きな黒子があるからその特徴を目標に、彼が電車を降りてから二時間以内の行動を探偵して報知しろというだけであった。

敬太郎は始めて自分が危険なる探偵小説中に主要の役割を演ずる一個の主人公のような心持がし出した。


ー報告ー

.....,,.「実はあなたの後を跟けてわざわざ江戸川まで来たのです」
と云って松本の顔を見ると、案外にも予期したほどの変化も起らないので、敬太郎はまず安心した。

「何のために」
と松本はほとんどいつものような緩い口調で聞き返した。

「人から頼まれたのです」

「頼まれた? 誰に」 
松本は始めて、少し驚いた声の中に、並より強いアクセントを置いて、こう聞いた。


5『行人』より

ー塵労ー

......,,「はなはだ御迷惑かも知れませんが、兄といっしょに旅行される間、兄の挙動なり言語なり、思想なり感情なりについて、あなたの御観察になったところを、できるだけ詳しく書いて報知していただく訳には行きますまいか。

その辺が明瞭になると、宅でも兄の取扱上大変便宜を得るだろうと思うんですが」

「そうさね。
絶対にできない事もないが、ちっとむずかしそうですね。
だいち時間がないじゃないか、君、そんな事をする。
よし時間があっても、必要がないだろう。
それより僕らが旅行から帰ったらゆっくり聞きに来たら好いじゃありませんか」 
      

.....手紙は下のように書いてあった。「長野君を誘って旅へ出るとき、あなたから頼まれた事を、いったん引き受けるには引き受けたが、いざとなって見ると、とても実行はできまい、またできてもする必要があるまい、もしくは必要と不必要にかかわらず、するのは好もしい事でなかろう.....


......現にその人のいる前で、その人の事を知らん顔で書いて、そうしてそれをそっと他に知らせるのはちょっと私にとってはでき悪いのです。

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《漱石胸像》
富永直樹(1913-2006)製作
ブロンズ 1991.FeB.9,
新宿区立 漱石公園

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右碑面:漱石自筆「則天去私」

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左碑面:漱石自筆の俳句

ひとよりも空 語よりも黙 

肩に来て人なつかしや赤蜻蛉


6『こころ』より

....,私も散歩がてら雑司ヶ谷へ行ってみる気になった。

......そうして出し抜けに「先生」と大きな声を掛けた。

先生は突然立ち留まって私の顔を見た。

「どうして……、どうして……」 先生は同じ言葉を二遍繰り返した。

その言葉は森閑とした昼の中に異様な調子をもって繰り返された。

私は急に何とも応えられなくなった。

「私の後を跟けて来たのですか。どうして……」 
先生の態度はむしろ落ち付いていた。

声はむしろ沈んでいた。

けれどもその表情の中には判然いえないような一種の曇りがあった。 


7『道草』より

......健三はすぐ眼をそらしてまた真正面を向いたまま歩き出した。

けれども相手は道端に立ち留まったなり、少しも足を運ぶ気色なく、じっと彼の通り過ぎるのを見送っていた。

健三はその男の顔が彼の歩調につれて、少しずつ動いて回るのに気が着いた位であった。

 彼はこの男に何年会わなかったろう。

 ....六日目の朝になって帽子を被らない男は突然また根津権現の坂の蔭から現われて健三を脅やかした。

それがこの前とほぼ同じ場所で、時間も殆どこの前と違わなかった。 


その時健三は相手の自分に近付くのを意識しつつ、何時もの通り器械のようにまた義務のように歩こうとした。

けれども先方の態度は正反対であった。

何人をも不安にしなければやまないほどな注意を双眼に集めて彼を凝視した。

隙さえあれば彼に近付こうとするその人の心が曇よりした眸のうちにありありと読まれた。

....「私ゃ島田に二度会ったんですよ、姉さん。これから先また何時会うか分らないんだ」

「いいから知らん顔をして御出でよ。何度会ったって構わないじゃないか」

「しかしわざわざ彼所いらを通って、私の宅でも探しているんだか、また用があって通りがかりに偶然出ッくわしたんだか、それが分らないんでね」 
この疑問は姉にも解けなかった。



8『明暗』より

・津田と清子との会話〜

「僕が待ち伏せをしていたとでも思ってるんですか、冗談じゃない。

いくら僕の鼻が万能だって、あなたの湯泉に入る時間まで分りゃしませんよ」

「なるほど、そりゃそうね」

津田は仕方なしに側面から向った。

「それでは、僕が何のためにあなたを廊下の隅で待ち伏せていたんです。
それを話して下さい」

「そりゃ話せないわ」

「そう遠慮しないでもいいから、是非話して下さい」

「遠慮じゃないのよ、話せないから話せないのよ」......。

.....「そんならそうと早くおっしゃればいいのに、私隠しも何にもしませんわ、そんな事。
理由は何でもないのよ。
ただあなたはそういう事をなさる方なのよ」

「待伏せをですか」

「ええ」

「馬鹿にしちゃいけません」

「でも私の見たあなたはそういう方なんだから仕方がないわ。

嘘でも偽りでもないんですもの」

「なるほど」 
津田は腕を拱いて下を向いた。.......
(青空文庫)


*探偵に執着する夏目漱石の精神的な特性がこれほどの作品群に見出だすことができたことにはとても驚きました。


つまり、生涯に亘って妄想から逃がれることができずにいたということであり大変に痛ましい人生だったであろうと思い知らされた次第です。


妻子に向かっては癒されることがない夏目漱石にとって、可愛い、可愛い青春を盛り上げたような男たちがやってくる「木曜会」が最高の慰めであり救いであったろうと思われます。

by abdulmajid0922 | 2018-12-01 09:11 | Comments(0)