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毎日新聞夕刊の連載小説(1989年2月20日-12月31日)

著者が長野県軽井沢から同じ県内の東御市勘六山というところへ別荘を移したのは平成三年(1991年)のことです。

平成十六年(2004年) 死去するまで
過ごした自宅を『勘六山房』と称して著者自らショベル・カーを駆使し、地元の土で陶器を焼く窯があり、骨壺づくりは有名であったという。


本作は舞台を若狭に設定し、すでに心筋梗塞の兆候がある藤堂伊作にこう語らせています

「....苦労多い人生を暮らして、その果てに入る壺がそっけない。

自分でつくった気にいる壺に入りたい」

・伊作は死んだ後にも「欲」があり、生きている者に方針を従わせ「我」をしっかり通す意思の強い人であることが読みとれます。

本作は日常を両親や兄との思い出とともに暮らす七十歳の藤堂伊作の言動に著者の生き方、価値感、思想を感じとることができます。

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陶芸家、河井寛次郎(1890-1966)が昭和三十年(1955年)のこと、文化勲章授与を辞退したエピソードを孫に話して聞かせます。


伊作は受賞者を讃えるのではなく、その褒美に至るまで支え続けた表に出ない人びとを賞賛するのです。
孫には縁の下の力持ちのような伊作の望む人になれというのです。


自己肯定感の強い伊作は長男誠市にではなく孫に自分の思想を仕込むのです。


著者自身は素直に表舞台に立ちたくさんの賞を受賞しました。


伊作の計画に協力している男は女に
新しい運動靴を買ってあげようと、
脚気がひどくなった女の足の寸法をはかるとき紐をつかったか...
と男と女の刹那を伊作に想像させ、官能的な足フェティシズムをさらりと描写しています。


足フェティシズムの権化は谷崎潤一郎。

著者は昭和五十年(1975年)『一休』で『谷崎潤一郎賞』を受賞。



昆虫や野鳥、獣、草木等、動植物の名前を次々と書き出し、天然自然に生息する動物の異性間の行動と人間との類似性をあげ、人間はその生態系の一部と謳う大いなる生き物讃歌です。


by abdulmajid0922 | 2019-04-01 11:08 | Comments(0)