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<   2019年 09月 ( 1 )   > この月の画像一覧

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本展覧会のポスターに使用された《1882年の冬》の制作者フランセスク・マスリエラの甥、リュイス・マスリエラが制作したダイヤモンドを鏤めた金細工が個人蔵、Bagués-Masriera Collection、及びカタルーニャ美術館(バゲス・マスリエラ コレクションから長期寄託)の全10作品を鑑賞することができます。


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Francesc Masriera(1842-1902)

"Hivern del 1882" 


ポスターに使用されています、

フランセスク・マスリエラ

1882年の冬》1882

油彩/カンヴァス 72.0×62.0cm

カタルーニャ美術館 ©️MNAC


1877年に創設されたバルセロナでは最も古いギャラリー、Sala Parés に初出展され、1888年のバルセロナ万博にも出展されました。


淡いイエローの手袋に淡いピンクのドレス、大判の淡いブルーのショールで色の三原色を淡く揃えています。


シルクとファーの流行を装う女性の

右上に F, Masriera と署名があります。


左腕にシルバーのブレスレットを強調している由縁は


フランセスク・マスリエラの父親

Josep Masriera i Vidal(1810-1875)は1839年、バルセロナで銀細工工房を開業しました。


フランセスクの一歳上の兄、Josep Masriera i Manovens(1841-1912)と家業を手伝いました。


二人ともジュネーブやパリで修行をして

絵を描きながら、金細工職人でもありました。


父親のJosep Masriera i Manovensと同じく息子も絵を描き、宝飾デザイナーでもあり、本展覧会で10作品が展示されているLluís Masriera i Rosés(1872-1958)です。


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Santiago Rusiñol(1861-1931)

"Portrait of Miquel Utrillo" 1890-91


サンティアゴ・ルシニョル

《ムーラン・ド・ラ・ギャレットでのミケル・ウトリリョ》

油彩/カンヴァス 222.5×151cm

カタルーニャ美術館 ©️MNAC


右端にテラコッタ製のような女性の胸像を配し、木の葉が散った時期に生気を失った緑を手前に添えて且つかなりの奥行きが立体感を生み観覧者の目がぐるぐると回るのです。


ルノワール、ユトリロ、ゴッホらも描いたモンマルトルのムーラン・ド・ラ・ギャレットでポーズを決めてジャーナリストらしく論文を手にしたミケール・ウトリーリョとは1890年、シュザンヌ・ヴァラドンの私生児で7歳になった男の子、モーリス・ヴァラドンの養父になった人です。


その男の子が画家モーリス・ユトリロです。


サンティアゴ・ルシニョールは189010-912月にかけて画家仲間のラモーン・カザスとムーラン・ド・ラ・ギャレットにあるアパルトマンを共有していた時期がありました。


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Miquel Utrillo(1862-1934)

"Portrait of Suzanne Valadon"


ミケル・ウトリリョ

《シュザンヌ・ヴァラドン》1891

鉛筆・コンテ・サンギーヌ/

30.5×19.7cm

カウ・ファラット美術館 ©️MCF


ピエール=オーギュスト・ルノワール《都会のダンス》1883

で純白のシルクの豪華なドレスを着ていた女性がシュザンヌ・ヴァラドンです。


本作品の制作者、ミケール・ウトリーリョはシュザンヌ・ヴァラドンの息子モーリスの養父です。


本作品制作時、彼女は29歳。

モーリス・ユトリロ・ヴァラドンとはまるで違う骨格をした輪郭の横顔です。


右下にUの中にMのモノグラムの署名があります。


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Ramón Casas(1866-1932)

"Portrait of Otojiro Kawakami"


ラモーン・カザス

《川上音二郎の肖像》1902

木炭・セピア色鉛筆・パステル/レイド紙 48.5×33.5cm

演劇美術館 


19025月、川上音二郎と貞奴の一座はバルセロナで公演を行いました。


ラモーン・カザスは二人を自宅のアトリエに招いて本作品と《貞奴の肖像》59.5×39cm カタルーニャ美術館蔵 とを制作しました。


日本

川上音二郎

於西斑牙 と署名があります。


ミケール・ウトリーリョは一座の公演の批評とともに両作品をラモーン・カザスが中心になって発行した週刊誌「四匹の猫」の後継誌でウトリーリョが主導する「ペル・イ・プロマ」88号に掲載しました。


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Joaquim Mir(1873-1940)

"La catedral de los pobres"


ジョアキム・ミール

《貧しき者の大聖堂》1898

油彩/カンヴァス 209.3×253cm

カタルーニャ美術館 ©️MNAC


貧しき者の大聖堂、サグラダ・ファミリアの左側の陽を浴びた明るい茶色の壁と大理石かと思われるたくさんの白い石材は思い切った厚塗りで立体感を出しています。


腰を下ろした男性がじっと観覧者を見つめ、物乞いをしています。


1882年に礎石を設置して建設が開始された建築家ガウディが創造した初期のサグラダ・ファミリアの記録として見られるところが本作品の価値を増しています。


ガウディの許可を得て実際に工事現場にて制作したという

本作品は1898年、バルセロナでのExposición del Bellas Artesで初めて公開され、ラモーン・カザス、サンティアゴ・ルシニョール、ミケール・ウトリーリョ、ぺラ・ルメウ(店長・料理担当)の四人が1897年に開店したカフェ、Els Quatre Gats(四匹の猫)にても展示されました。


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Le Corbusier(1887-1965)

"Sin título (La caída de Barcelona)


ル・コルビュジエ

《無題 (バルセロナ陥落)》1960

リトグラフ/  71×102cm

大成建設株式会社



1933年、未来のバルセロナのための都市改造計画《マシアー計画》(完成予想の俯瞰図が本展覧会場に展示されています)の立案でバルセロナと関わりのあったル・コルビュジエは193941日の反政府軍フランコ将軍の勝利宣言後に制作した

"Chute de Barcelone "《バルセロナ陥落 1939 

油彩/カンヴァス 81×99.5cm

ソフィア王妃芸術センター(マドリード)をもとに制作されました。


パブロ・ピカソが1937年、スペイン内戦中に描いた《ゲルニカ》(ソフィア王妃芸術センター蔵) がふと脳裏に蘇りました。




本展覧会は

庶民がお目にかかることのないスペイン王室御用達、バルセロナの宝飾ブランド、Bagués-Masriera Collection のジュエリーを目の前でじっくり鑑賞することができ感動しました。



パブロ・ピカソ、サルバドール・ダリ、ホアン・ミロ....

十分に堪能することができました。



奇蹟の芸術都市

バルセロナ展

   ガウディからピカソ、ミロ、ダリまで


2019914 114

札幌芸術の森美術館



BARCELONA

THE CITY OF ARTISTIC MIRACLES

2019-2020


BARCELONA 

  La cuidad de los milagros artísticos  

2019-2020


by abdulmajid0922 | 2019-09-15 18:12 | Comments(0)