展示室は見るからに制作から350年経過したことを実感させる古めかしいヘラルト・ダウの二点から始まり、ハブリエル・メツーが五点、ヤン・ステーンが三点、フェルメール《窓辺で手紙を読む女》、レンブラント《若さサスキアの肖像》等、実物を札幌で鑑賞できる夢のような体験をすることができ幸せな気持ちでいっぱいです。
本展で印象に残った選りすぐりの作品を数点紹介します。
ピーテル・コッド(1599-1678)
《家族の肖像》1643年
油彩/カンヴァス 133×192cm
遠慮なく妻の前へ脚を伸ばす傍若無人な夫。
故意に手を繋ぐことにより演出された幸福な夫婦の姿を五人の子供たちに見せています。
誠実なコーイケルホンディエは首輪をパール状の飾り付きの青いリボンでおめかしをして家族と一緒にしっかり観覧者を見つめる集合肖像画です。
時間が経ち傷み始めたりんごを配し、子供たちが手にしている本、さくらんぼ、くるみ、花のついたリースで物を所有する虚栄からヴァニタスの精神を描いています。
詩人としても知られるピーテル・コッドは作品のほとんどをアムステルダムで制作した風景画、肖像画家です。
アーレント・デ・ヘルデル(1645-1727)
《槍を持つ男》1695年頃
油彩/カンヴァス 82.5×70.5cm
レンブラント・ファン・レイン《夜警/フランス・バニング・コック隊長とウィレム・ファン・ライテンブルフ副隊長の市民隊》1642年の副隊長が持っている槍と同じ技法で3Dのように見える「短縮法」で槍を一際強調しています。
(Google Arts&Culture)
レンブラント・ファン・レイン
《夜警/フランス・バニング・コック隊長とウィレム・ファン・ライテンブルフ副隊長の市民隊》1642年 (部分)
1662-64年の2年間、アムステルダムのレンブラントに師事したアーレント・デ・ヘルデルは1694-1711年の間、故郷ドルドレヒトの市民自警団に入団し団長へと昇進しました。
像主は画家本人の自画像である可能性ありともいわれています。
ヤーコプ・ファン・ライスダール(1628-82)
《牡鹿狩り》1665-70年頃
油彩/カンヴァス 107×147cm
「風景画家」ファン・ライスダールはヴァニタスつまり人間に必ず訪れる死、人生の儚さ虚しさを幹の折れた二本の大径木で表現しています。
印刷物では殆ど判別できかねますが水辺には計7匹の追う猟犬と恐怖心いっぱいで逃げる牡鹿と人間との緊張感を見事に描いています。
ヤーコプ・ファン・ライスダール
《城山の前の滝》1665-70年頃
油彩/カンヴァス 99×85cm
水の流れは日本の屏風絵を連想させました。
もくもくとした雲の下には水面が広がっている。
観覧者の最も眼がいくところに折れた二本の枝を配置した人間に必ず訪れる死、人生の虚しさの寓意を込めたヴァニタス絵画です。
左側に小さく描かれた茅葺き屋根の家から来たのであろうか中央部の左から1本目と2本目の針葉樹の下部には夫婦らしき二人が中央の家に向かい、家の前では作業する人物が描かれています。
聖なる大自然の中にあるかなきかの小さな人間たちの儚くも尊い生活があることを画家は描きました。
全てのモチーフは日本の水墨山水画と一致します。
17世紀、長崎の平戸を東アジアの貿易拠点としたオランダ東インド会社により水墨山水画がオランダ国内に渡り刺激を受け東洋の水墨山水画のモチーフに平坦地オランダの上空にもくもくと湧き立つ雲を加味したコンポジションをヤーコプ・ファン・ライスダールはカンヴァスで油絵化して水墨画に挑戦したのではなかろうか。
間もなく雪の季節になるであろう激しい水飛沫の音が聞こえてきそうな観覧者の聴覚をも刺激する本展で最も印象的な作品です。
ヤーコプ・ファン・ライスダールは滝をモチーフに150点以上のノルウェーなどスカンジナビアの風景画を制作しましたが実際に旅行した記録はありません。
あくまでも山水画同様、理想郷の風景画なのです。
ヤーコプ・ファン・ライスダールの風景画は英国ロマン派、仏バルビゾン派、米国ハドソン・リバー派の風景画家たちトマス・ゲインズバラやターナー、クールベ、ファン・ゴッホらに影響を与え、18世紀になって司馬江漢や葛飾北斎らの雄大な空と湧き立つ雲を描いた西洋画風の風景画はヤーコプ・ファン・ライスダールの作品からも影響を受けたであろうと推測できます。
ヤン・ステーン(1626-79)
《ハガルの追放》1655-57年頃
油彩/カンヴァス 136×109cm
入り口アーチの右下に署名があります。
旧約聖書『創世記』に登場するエジプト人の奴隷ハガルにパンと水を与え親身に労う主人、預言者アブラハムと室内で妻サラが嫡子イサクの頭のシラミ取り。
ハガルとアブラハムとの庶子イシュマルが弓で遊ぶ姿は「アラブ人の祖先イシュマルは弓を射る者」を表しています。
復活を象徴する孔雀の羽根付きの帽子が転がっています。
ヤン・ステーンは聖書、神話、歴史、文学等の知識を反映させた家族を描くところに特徴があります。
ヤン・デ・ヘーム(1606-84)
《花瓶と果物》1670-72年頃
油彩/板 100×75.5cm
とんぼの下に署名あり
黒を背景に室内の窓が映るガラス花瓶に活けられた花々はヴァニタスの精神が描かれたカラヴァッジョ《リュート弾き》1596-97年にあり、ヤン・ブリューゲルの花卉画の継承者かと軽視していたのだが実物を目の当たりにするといやはや何ともこの絵に最も鑑賞時間を費やしてしまった次第です。
描かれた虫類があまりにも多いのに驚きます。
児童たちに見せたら大声を出して虫探しに夢中になる光景が脳裏に浮かび、子供心に返って本展で最も楽しく鑑賞できた作品です。
1640年代、フランドルの画家たちの間で生まれアントワープからオランダ国内に急激に広まった派手で華やかな静物画のスタイル "Pronkstilleven(道徳的な教訓を伝えるヴァニタス絵画の形式)"の創設者の一人で知られる画家、ヤン・デ・ヘームは極めて短命ながらも躍動するたくさんの昆虫やクモ、カタツムリと今を盛りに咲く春の花、すがれた花、朽ちゆく秋の果実は滅亡へと向かう命の儚さ、虚しさを象徴しています。
枯れゆく高価な花々で『華美』を描き節度と節制の必要性を観覧者に訴えているのです。
ヨハネス・フェルメール《窓辺で手紙を読む女》1657-59年頃
レンブラント作と見做されていた時代があり、レンブラントの弟子の作品といわれ後にピーテル・デ・ホーホの作品であるといわれた時期がありましたが1859年フランスの美術史研究家テオフィール・トレ=ビュルガーまたの名はウィリアム・ビュルガー(1807-69)がデルフトのフェルメールの作と認定しました。
WW2の間、スイスで保管管理されていたほとんどのドレスデン国立古典絵画館の絵画は1945年に掠奪されソ連へ持ち込まれましたが約10年後に東ドイツ政府に返還され《窓辺で手紙を読む女》 は1956年6月から再びドレスデン国立古典絵画館で展示されたのです。
《窓辺で手紙を読む女》修復後、所蔵館ドイツ、ドレスデン国立古典絵画館で公開の後、即座に上野の東京都美術館で公開、そして札幌で公開された夢のような企画です。
ピーテル・デ・ホーホが一点も展示されなかったのが意外でしたが愉快なひとときを満喫できたドレスデン国立古典絵画館所蔵の作品群でした。
大勢の開催関係者の方々には感謝の気持ちでいっぱいです。
どうもありがとうございましたっ。
北海道立近代美術館
4/22〜6/26/2022
→ 大阪市立美術館→宮城県美術館